第187話―ゴン視点
幻影旅団っていうのは、ひどいヤツ等なんだと思ってた。
クラピカの一族を皆殺しにして、オークション会場を襲撃して。そのことに顔色ひとつ変えない。
まさしく悪いヤツ等なんだって思ってたのに。
仲間が殺された、って泣いてた。
仇を討ってやりたいってオーラが泣き叫んでる。
こんな風に誰かを想って泣けるひとが、心底の悪党のわけない。だけど良いひとでもない。
沢山のひとを殺してきた。きっと数えきれないほど何かを奪ってきた。
なのに悲しさや悔しさでいっぱいの泣き顔を見ると、俺の心の中は複雑に混ざり合っていく。
どうして、なんで。そんな風に泣けるのに。
「あいつぶっ飛ばしたかったのに…!!」
「絶対無理だって。返り討ちにあってあの世行き」
「百パーセント?」
「念の基礎しか知らない俺たちの、敵う相手じゃないね」
「……へへっ」
「………何だよ?」
ゼパイルさんに教えてもらったことを応用して、俺とキルアは無事に旅団のアジトから脱出した。
けど俺としてはまだムカムカがおさまってない。本当に殴ってやりたかった…!!
ちゃんと優しさとかひとを想う気持ちを持ってるくせに、何であいつらはあんなひどい事をするんだろう。……同じことをクラピカもしたのかもしれない、と思うと余計に複雑で。クラピカはいまどんな顔をしてるんだろうって思う。
「やっとキルアらしくなったじゃん。無茶を言うのは俺の役!キルアはそれをクールに止めてくれなくちゃ。も言ってたろ?頼りにしてるんだから!」
「…勝手な奴」
でもいまは無事に脱出できたことと、キルアがいつも通りに戻ったことを喜ぼう。
なんでかわからないけど、さっきまでのキルアはなんか変だった。
死んでもなんとかしなきゃいけない、って顔してて。実際に特攻しようとするし。
ああいうときどうしたらいいのか俺にはわからない。
がいてくれたら違うのかなって思う。
ハンター試験の最終試験。キルアは虚ろな目でもに縋ることはやめなかったから。
きっとキルアがどうしてああなってしまうのかも、は理解してるんだ。
俺はまだキルアのことを全然知らない。でも大事な友達。
だから俺の言葉と拳で、キルアがいつも通りに戻ってくれたことがすごく嬉しかった。
「で、どうする?これから」
「そりゃ何がしたいかによるさ」
「俺、あいつらぶっ倒したい!」
「…まぁ、それは最初の趣旨から外れちゃいないけどな」
けど、とキルアは眉間に皺を寄せた。そのためには念能力の向上が必須だと。
確かに旅団のヤツ等はすごく強い。俺も、キルアでさえも歯が立たないらしい。
ヒソカがあの場にいたわけだし、旅団のメンバーは皆ヒソカレベルの強さってことなんだと思う。
念を習得したいま、ヒソカの強さの桁が違うのはよくわかってる。
旅団をぶっ倒すとなれば、それを複数相手にしなきゃいけないわけだからそれは無茶だ。
……無茶でもやりたいと思ったらやってやるけど!
「奴等と対等に渡り合えるだけの潜在能力が、念にはあるはずなんだ。…それを知るには、クラピカに聞くのが一番手っ取り早いんだけどな」
「え、なんで?」
「あいつらの仲間を倒したっていう鎖野郎がクラピカだからさ」
「え!?」
「…やっぱり気付いてなかったか」
キルアは冷静に説明してくれる。
旅団のひとりを倒したクラピカは、俺たちとそう変わらない時期に念を習得してる。
それで幻影旅団と同等の戦闘力を得られたのなら、俺たちにだって可能性はあるってこと。
俺たちはまだ念について知らない。基礎の基礎しか。
「ねえ、キルア」
「あん?」
「に教えてもらうっていうのも…ありだよね?」
「………………」
俺の言葉にキルアは走る速度を落とした。
少し長い沈黙の後で、ふるふると首を振る。その動きに合わせてキルアの銀色の髪が揺れた。
「…いや。あいつはきっと、教えてくれない」
「そう?」
「思い出してみろよ、天空闘技場であいつが俺たちの修行に口を出したか?」
「……ううん。ウイングさんがいてくれたし」
「昔から俺が何を聞いても、必要なときに覚えるって言うばっかでさ。具体的な戦い方を教えてくれたことなんてねーよ」
「そうなの?キルアの師匠みたいなものなんでしょ?」
「そこは親父たちと同じ。実戦で自分で学べ、ってスタンスなんだよ」
悔しそうに唸るキルアに俺は納得して頷く。
そうだよね、俺だって走り方や獲物の取り方気配の殺し方、全部自然と必要で覚えてきた。
念だってそうやって覚えていくべきものなんだと思う。けど、いまは時間がない。
「クラピカに連絡をとってみよう」
「だな」
それが一番の早道のような気がした。
『何を考えているんだお前たちは!!相手がどれほど危険な連中かわかってるのか!!』
幻影旅団に会ったことを伝えると、電話のむこうのクラピカに怒鳴られた。
普段はすごく落ち着いてるのにこんなに激しく怒るクラピカは珍しい。
きっと俺たちのことをすごく心配してくれてるからだ、ってわかる。でもクラピカ。
俺たちだってそれは同じなんだ。助けになれることがあれば手伝いたい、力になりたい。
もちろん、念について知りたいのが第一の理由だけど。
クラピカが旅団――蜘蛛にひとりで立ち向かってるのかと思うと。
「…わかってたつもりだったけど、会って痛感した。確かに奴等は強い。いまの俺たちだと手も足も出ない。だからクラピカの協力がいるんだ」
「俺たちも力になりたい…!」
『……ふざけるな。お前たちの自殺行為に手を貸す気はない』
「奴等のアジト、知りたくない?」
『情報提供者はちゃんといる』
「団員の能力についても、わかったことがある」
『くどい。いいから旅団から手を引くんだ』
クラピカはとことん俺たちに関わってほしくないみたいだ。
いつだってそう。クラピカはひとりで全部抱えようとして、苦しむ。
そこはキルアとよく似てる部分かもしれない、と殺気を迸らせ始めたキルアをちらりと見る。
「………奴等のひとりを倒した鎖野郎って、クラピカだろ?あいつら血眼で探してるよ」
なんとか平静を保とうとしてたキルアみたいだけど、やっぱり我慢できなくなったのか携帯に向かって思い切り声を張り上げた。
「お前が俺たちのこと仲間とも対等とも思えないなら、どんな手使ってでも協力してもらうぜ!」
怒って切り捨ててるような台詞だけど、俺たちはクラピカがダメって言っても協力するから!って宣言してるだけ。素直じゃないキルアの優しさに俺は少し気持ちが落ち着いた。
キルアが付き出してきた携帯を受け取って、耳にあてる。…まだ通話は切れない。
ちゃんと耳を傾けてくれるクラピカも、やっぱり優しい。
「…クラピカ。あいつらのひとりが、俺たちの前で泣いたんだ」
仲間を殺したヤツを許さない、って。
きっと俺やクラピカが感じる同じ気持ちを、蜘蛛も感じることができる。
「…俺、それを見たとき無性にやるせなくって………許せなかった」
蜘蛛が心の底から嫌な奴等で、悪者だって言えるならよかった。
でもそうじゃないことを知ってしまって。
このやり場のない気持ちをどうしたらいいのかわからない。
「俺たちも、あいつらを止めたいんだ。………頼むよ、クラピカ」
俺のお願いにクラピカは頷いてはくれなかったけど。
またかけ直す、という声は沈んだ静けさを帯びていたから。
クラピカを信じるしかできないのかもしれない、と通話終了の音から耳を離した。
「…そういえばキルア」
「…何だよ」
いまだぶすっとしたままのキルアに苦笑いながら携帯をしまう。
「のこと、クラピカに言わなかったんだね」
「…………それはお前もだろ。いつ口を滑らすかってヒヤヒヤしたぜ」
「うん。でもは蜘蛛の仲間ってわけじゃないし…上手くクラピカに説明できる気もしなかったから」
「だろうな。お前が報告したところで混乱しか招かねーよ」
「んな!」
きっとはクラピカの不利になるようなことはしないと思う。
…同時に、蜘蛛の連中の害になることもしないかもしれない。
俺が蜘蛛に感じたやりきれない思いを、もしかしたらはずっと感じていたのかもしれないなんて。
そんなことに気付いてしまったら。
俺もキルアも、口を閉ざすことしかできなかった。