第188話

聞こえてきた間の抜けた機械音。
大した肉体疲労は感じていないものの、精神疲労はかなりのものな俺。
通話ボタンを押しても声を発する気にはなれず、向こう側が喋り出すのをぐったりと待った。

『終わったけど、生きてる?』
「…………ただの運び屋の俺に、命懸けの仕事を振ったのかお前は」
『ううん。これぐらいで死ぬようならとっくに俺が殺してるし』

怖いこと言わないでくださる!?

面倒臭くなっていまは建物の上に陣取っているわけだけど。
騒々しかった周囲もだいぶ静かになってきてるから、一連の騒動は収束に向かってるんだろう。

イルミから連絡きたってことは十老頭は始末されたと思われる。
そうなるとクロロとシルバさんたちの戦いも無事に終わったはず。無事?うん、まあ無事に。
旅団は死んだって嘘の情報が流れるはずだったから、オークションも中断されることはない。
無事にオークションやってますよーとバッテラ氏に報告しないとな。

「イルミ。俺は仕事に戻るぞ」
『なんだ、これから食事でもって思ったのに』
「それは次の機会に。カルトによろしくな。あと報酬はちゃんと入れておけよ」
『うん、ちゃんと割増で。……あ、そうそう』
「?」
『キルのこと、ちゃんと見ておいて』

ぶつっと通話が切れる。……旅団に捕獲されたこと知られてるわけじゃ…ないよな?
あ、でもイルミってヒソカと仲良いんだっけ。なら情報行っててもおかしくないのか。
そろそろキルアとゴンも無事に脱出してる頃合いだと思うんだけど。

ちょっと気になって確認に電話してみると、ちゃんと応答してくれた。

お前いまどこにいんだよ?』
「仕事をひとつ片付けて、もうひとつ最終確認に行くところだ」
『俺たちのこと置いていきやがって』
「無事に脱出できたんだろう?」
『そういう問題じゃねーだろ!』

ぎゃんぎゃんと吠えるキルアの声が遠ざかってゴンの声と替わる。

『ねえ、合流ってできる?』
「……どうかな。仕事の状況による」
『さっきクラピカと電話が繋がったんだ』
「へえ。いま忙しいだろうに」
『うん、そうみたい。念を教えてほしかったんだけど……が教えてくれたりは』
「無理だ」

俺だってよくわからないままに使ってるのに、教える側に回るとかホント無理。
ようやくウイングさんに基礎を教えてもらったところなのに……才能の塊のゴンたちを教えるとか!
それだけゴンたちが俺のことを認めてくれてる、ってのは嬉しいけどな。無理なものは無理。
ゴンも予想していたのか「だよね」とやや残念そうではあるもののごり押しはしてこなかった。

「じゃあまたな。仕事が落ち着いたら電話する」
『うん』

通話を終えて俺はバッテラ氏のもとへと向かう。
ツェズゲラもちょうど調査を終えて帰ってきたところみたいで、二人で情報を突き合わせた。
そうこうしているうちに正規ではないルートで旅団がマフィアの手により殺されたというニュースが流れ込んでくる。
マフィアは自分たちに牙を剥いた者を簡単には許さない。
死後、遺体は晒されることになるし、敵と認識された者の家族や友人恋人までもが血祭りにあげられるのが普通だ。だけど。

旅団の残党にかけられていた懸賞金は撤回され、今後の追跡調査もストップされることになる。
旅団が流星街の出身者ばかりであることが判明するからだ。

「しかし、マフィアに喧嘩を売るとは。相当に頭のイカれた連中らしいな、幻影旅団というものは」
「……でなければそもそもマフィアのオークションを襲撃なんてしないだろう」
「くく、違いない」

楽しげに笑ってニュースを流してしまえるツェズゲラは流石ハンターと言うべきだろうか。

流星街とマフィアは本来蜜月関係にある。
流星街は人材を、マフィアは兵器やその他物資をお互いに提供しあう仲だ。
だというのに幻影旅団はそれを壊しかねない行動をとったのだが。
……マフィアは旅団への制裁よりも、流星街との関係を維持することを選ぶはず。

まあね、下手に流星街に喧嘩売るとどんな報復がくるかわからないしね。
無差別テロ的なことも平気でやらかす街なのだから。

「報告書はこれでいいか」
「あぁ、助かった。意外だな、事務仕事もソツがない」
「資料をまとめるのは慣れてる」
「偏見だが、こういう仕事についてる者はデスクワークが苦手なタイプが多いイメージがあってな」

オークションが無事に開催されるだろうという見通しをまとめた書類を整えツェズゲラが笑う。
こんなまともでない仕事につく人間って、きちんとした教育機関に通えなかった者が大半だ。
だからツェズゲラが言うことは間違ってはいない。字を書くことよりも生きる術を身に着けることが優先されてきた人間が多いはずだから。

「これでも十八になるまではきちんと教育を受けてたんだ」
「ほう」
「その先も大学に行く予定だったんだが……まあ、それは仕方ないとして。可能ならずっと本を読んでいたいと思うような人間だよ俺は」
「言われてみれば本を手にしていることが多かったな。遺跡も調べているというし」

俺としては筋骨隆々のツェズゲラが書類を手にしている姿の方がなんか感動するけどね!
筋肉すごいひとは勉強できなそう、っていうのはひどい偏見だ。
本来運動神経の良いひとって勉強もできることが多いらしい。
……まあ頭悪くてスポーツはできないよな。ごく稀に感覚でこなせてしまう天才タイプもいるが。

とりあえず俺に与えられた臨時の仕事は終わり。
あとはバッテラ氏がグリードアイランドを新たにゲットして、プレイヤーの選考会が行われるのを待つばかり。

「俺の仕事はほぼ終わりか?」
「無事にゲームが競り落とされるまではオークションの様子を見ておいてくれ」
「了解」

この後は無事にゲームをゲットできることを知っているから気持ちは楽だ。
バッテラの邸を出るともう空の遠くがうっすらと明るくなってきている。
あと一時間もしたら完全に白んでくるかな、と溜め息を吐いて歩き出した。

「…………?……あれ」

気付かなかったけど、携帯にクラピカからの着信が入ってる。
こんな時間でもクラピカは起きてそうな気がしたから、そのまま折り返してみる。

『………………
「お疲れ、クラピカ」
『…………』
「こんな時間まで起きてると疲れがとれないぞ。あ、それとも警備の仕事中か?」
『……仕事中ならば電話には出ない』
「それもそうか」

いまにも消えてしまいそうなかすれた声。
淡々としているのは、いつもの調子を繕うとしている名残なんだろう。全然できてないけど。

クラピカはいま、旅団が死んだと思ってる。
これまでクラピカの生きる目的のひとつだった復讐が、中途半端な形で終わってしまった。
だから抜け殻のようになっているんだろう。初めて人を殺してから間もない。
精神状態に不安定なんだろうとお思うと、出会った頃のクラピカをどうしても思い出してしまう。

まだ女の子みたいに細くて小さかったクラピカ。
瞳には虚無と絶望を宿して、悲しみと憎しみと怒りをたたえながら、光を失っていた。

「眠れないなら、添い寝でもしてやろうか」
『……無茶を言う。ここはお前にとって鬼門だろう』
「ネオンたちにバレなければいいんだよ。ってことで、窓開けてくれ」
『………………は?』

こんこん、と目の前のガラスを叩くと恐る恐る開かれるカーテン。
そして覗いた猫に似た瞳が大きく見開かれて、俺は笑って耳にあてていた携帯を振った。





来ちゃった

[2014年 8月 16日]