第189話―クラピカ視点

同胞を失った私が生きてこられた理由はいくつかある。

まずは奪われた同胞の眼を取り戻し弔うため。
故郷を滅ぼした敵への復讐を果たすため。

…………そして、私に心を砕いてくれた者のため。

ヨークシンにやって来た目的は、オークションを襲うと思われる旅団に会うため。
彼らを捕える機会がこんなに早くやって来るとは思っていなかった。
蜘蛛は強い。だからこそ私はこれまでの期間を無駄にせず修行に励んできた。
実際手ごたえもあり、蜘蛛の団員と対等に戦闘することもできた。

その矢先。
幻影旅団の団長が殺され、他の団員も何人か同じく死んだという。
実質的に壊滅したようなものだ。……あまりにもあっけない。

あっけなく、復讐という生きる目的のひとつが消えた。

私がその後どんな行動を取ったのか、あまり覚えていない。
センリツが何か声をかけていたような気がした。
ボスは無事が確認されたし、オークションもギリギリで参加できた。
大きな問題はなかった……はず。何もかも意識が朧で。

震える携帯にぼんやりと目を向け、そこに表示された名前にかすかに覚醒する。
考えるよりも先に通話ボタンを押していた。

「………………
『お疲れ、クラピカ』

流れ出した声に、呼吸が苦しくなる。視界が歪みそうになった。

同情するような声じゃない。気を遣うものでもない。
いつもと変わらない淡々とした静かな声。けれど温かさの滲む声。

『こんな時間まで起きてると疲れがとれないぞ。あ、それとも警備の仕事中か?』
「……仕事中ならば電話には出ない」

強がって吐き出した言葉も、それもそうかと穏やかに受け止められてしまう。
この男はいつもそうだ。その存在ごと、私を甘やかす。
私から助けを求めたわけではないのに、声にならない声を拾い上げるようにそこにいる。

『眠れないなら、添い寝でもしてやろうか』
「……無茶を言う。ここはお前にとって鬼門だろう」

幼い頃。と初めて出会ったときのように夜を過ごせたら。
そんな風に考えてしまう頭をゆるく振った。どんな顔をして彼と会えというのか。

最初からの目的であったとはいえ、私はひとを手にかけた。
ある意味でが生きてきた世界に私も足を踏み入れたことになる。
だが、彼はそんなことを望んでなどいなかっただろう。それだけはわかる。
わかっていて、私はこの道を選んだのだ。後悔はしていない。
けれど顔を合わせにくい事実は変わらない。

あとはノストラードファミリーに指名手配されている。
何も危険な場所にわざわざやってくる必要もないだろう、と思ったのに。

『ネオンたちにバレなければいいんだよ。ってことで、窓開けてくれ』
「………………は?」

何の冗談かとカーテンを開ければ、窓の外で呑気に携帯を振る男がいて。
お前は馬鹿かと怒鳴ってやりたかったのに。
震える指先でなんとか窓を開いた私が口火を切るよりも。

の手が私の頭を撫でる方が先だった。






窓に腰かけたまま、は延々と私の頭を撫で続ける。
ついに堪え切れなくなって抗議すると、なぜか安心したように顔を綻ばせて。
柔らかな眼差しを正面から受け止めることができず、つい視線を逸らしてしまった。

「……なぜ、来たんだ」
「ちょうど仕事の帰り道でさ。お前からの着信入ってたし」
「…………着信?」
「あれ、もしかしてかけ間違いか?確かに着信入ってたんだけど」

呆然としながら自分の携帯を確認すると、確かにへと発信した履歴が残っていた。
恐らくは無意識のうちに押していたのであろう彼の連絡先。
確かに弱ってはいたが、自覚のないうちに電話をかけてしまっていただなんて。
親を呼ぶ子供のようではないか、と一気に体温が上昇した。

「ゴンからメール来たか?公園で待ってるって」
「……あぁ、いま確認した」
「なら仮眠とったらあとで行こう。俺も付き合う」
「…………しかし」
「こういうときこそ、原点に戻るべきだろ。全員ヨークシンで会おう、って約束もしてたし」

約束。

…………そうか、全てが終わってなくなったような気になっていたけれど。
私を世界に繋ぎとめてくれる約束が、存在が、まだ残されている。

「…………しかし、仮眠とは」
「俺も徹夜だったんだ。少し寝かせてくれ」
「いや、だが」

私個人としては構わないが、ここはノストラードファミリーの勢力内だ。
いまは休むようにと言い渡されているから私の部屋に誰かが訪れる可能性は低い。
しかし、もしファミリーの誰かがやって来てと鉢合わせでもしたら?
さらにがボスの欲しがっていたコレクションリストの人間だと気付かれてしまったら。

「大丈夫だよ」

さっさとベッドに移動してごろりと横になった彼は、焦げ茶の瞳を細めた。

「俺たちの会話を聞いても、優しいオーラのまま立ち去っていったひとがいるから」
「…………!」
「ここでも、良い仲間に会えたんだな」

恐らくはセンリツだろう。私を心配したか、侵入者の音を聞き取ったのかもしれない。
しかし部屋の中の会話を拾って私の身内であることを悟ってくれたのだろう。
そして彼女の性格だ。他の人間が近づかないようにさりげなく根回ししてくれるに違いない。

……後で感謝しなければならないな。

だがいまは頭が痺れたように動かない。身体もだるい。
行儀悪くそのままベッドに倒れ込む。

そばにある温もりと聞こえてくる呼吸の音が、まるで子守唄のようにまどろみを誘った。





恋人か!と思ってたら親子か!とツッコミたくなり、結局なんなんだお前ら!と叫んだ夜

[2014年 8月 16日]