第190話

目覚めたら隣に金髪美女が寝ている、と思ったらベッドから飛び起きるのは当然ですよね。



凄まじい勢いで腹筋をフル活用し身体を起こした俺は、すぐさま美女がクラピカであると気付いた。
そそそそ、そうだよな、俺にそんな漫画みたいな展開あるわけなかった!!ちくしょう相変わらず美人すぎんだろクラピカ!!

髪がやや伸びている上に精神的疲労からか痩せて血の気も薄い。
閉ざされた睫毛は長いし寝顔はいつもよりも少々無防備だ。身体が布団に隠れているのも悪い。
誤解した俺は悪くないと思う。でもクラピカに知られたら絶対怒られる。
女顔なことすごく気にしてるもんな……気持ちはわかる。
女装させられて何度イルミを殺してやりたいと思ったことか。もちろん不可能だからやらないけど。

驚いた影響で心臓がバクバクとうるさい。そんでもってクラピカと顔を合わせづらい。
昨晩のうちにキルアたちにクラピカを連れてくって連絡したし、こいつも逃げないだろう。
枕元に待ち合わせのメモだけを残して俺は来たときと同じように窓から邸を後にする。

「あ、そうだ。口座の確認しとこう」

イルミからの割増報酬が振り込まれてるか確認と、現在の残高をチェックだ。
さすがに自分の財産を認識していないのはマズイ。しばらく確認してなかったから多分ヤバイ。
資産運用とかするべきなんだろうか、と頭を悩ませつつ朝の光に包まれた町へ繰り出した。





残高を確認したらとんでもないことになってたので見なかったことにした。
だってゼロの数が多すぎて俺計算できなかったよ…。別に天文学的数字とかじゃないんだけど、俺の庶民感覚で育てられた脳が理解を拒んだ。
……そういやじーちゃんの残高とかも把握してなかったな俺。
とりあえずの生活費は渡されて、あとは領収書をもらってそれをじーちゃんに渡すって形だった。
いま思えばなかなかに良い収入だったのかもしれないが、きちんと一般人としての金銭感覚を身に着けさせてくれたじーちゃんに感謝だ。節約すれば、残った生活費をおこづかいにしてよかったし。

「イルミの割増料金ってすごいな……」

割増というか倍額になってるんだけど。割合の問題じゃないんだけど。
え、何?ゾルディックに割増で報酬払うときは倍額しなきゃいけないってことなの?
ゾルディック家に仕事依頼する機会なんて一生ないだろうけどな!

むしろいますぐ縁を切りたいレベルだ、と溜め息を吐いていると携帯が震えた。
どうやらクラピカはこれからゴンたちが待つ公園に向かうらしい。
俺も軽く食事をとって合流しよう。
どこか手早く食事できそうな場所はないか、と周囲を見回したところでガキリと固まった。
お、おう……めっちゃ知り合いが店外のテーブルで山盛りの食事を消費している。

「ミルキ」
「は??こんなとこで何してんだよ」
「仕事だ。お前が外に出るなんて珍しいな」
「ちょっと欲しいものがあってさ」

ゾルディック家次男ミルキが口の周りをソースまみれにしながら指を舐める。
……そういえばグリードアイランドをミルキも競り落とそうとしてたんだっけ?
向かいの席に座らせてもらった俺は、ちゃんと許可をもらってから食事を分けてもらった。
といってもピザを二切れでも食べれば十分なんだけど。高カロリーの料理が多すぎる。

「あ、ママがに会いたがってた。イル兄も」
「イルミには昨日会った。相変わらず無茶な仕事押し付けられたよ」
「イル兄が身内以外で仕事任せるのって、あの変なピエロかぐらいだ」
「ならその変なピエロに丸投げすればいい。むしろ過労死させてやれ、遠慮なく」

イルミもヒソカも俺が関わりたくない人間のトップに入るんだ、共倒れしてくれれば万々歳。
そんなん無理とわかってはいるけど、荒んだ心で想像するぐらいは許されるだろう。

「……キキョウさんが会いたがってた……?」
「キルのこと知りたいんじゃない?カルトも寂しがってたみたいだけど」
「カルトも昨晩会った。……キキョウさんか」

そうだよな、大事にしてたキルアがまた家を出ちゃって寂しいだろうな。
でもゾルディック家に顔を出すなんて自殺行為は仕事以外でしたくないから勘弁してほしい。
カナリアには会いたいけどなー。

「しばらく仕事でバタバタしそうだから、よろしくとだけ伝えておいてくれ」
「別にいいけど。よく外なんて出歩く気になるよ、面倒臭いのに」
「確かに面倒も多いとは思うが……ミルキは出なさすぎじゃないか?」
「外に出る必要がないんだからいいだろ」

とは言っても引きこもりはいかんだろう。
出会った頃はまだ綺麗な顔してたのに、いまじゃどこからどう見ても肥満体型。
そりゃキルアに豚くんって言われても仕方ないよ……せめてガリガリ系の引きこもりになれよ…。
普通に会話しててコフーって息が聞こえるのすごく微妙な気分になるんだけど!

「そういえばってハンターになったんだっけ?」
「……一応」
「じゃあさ、グリードアイランドって知ってる?それが欲しいんだよね」
「あぁ、知ってる。簡単に入手できるものじゃないぞ」
「ふーん。俺、欲しくて手に入れられなかったゲームないから。それより気になるのはハンター専用って売り文句。ハンターライセンスとか持ってないとプレイできないの?」
「いや。ハンター証はいらないが、別の条件が必要になる」

念が使えないとゲーム機を起動させることができないんだよなぁ。
ミルキって念使えるんかな。カルトが使えるようになるのは知ってるんだけど。
後継者はキルアだから、ミルキあたりは覚えるも覚えないも自由なんだろうか。
ずっとあの家に引きこもるつもりなら覚えなくてもいいのかなーとは思う。だって身内にとってはどこよりも安全な要塞だし。来訪者からすると危険極まりないダンジョンだが。

コレクターの気質もあるミルキは、プレイはできなくてもゲームを入手できれば満足なんだろう。
自分の手元にないソフトがあるのが許せないタイプなんだろうな。筋金入りのオタクだ。

「じゃあゲットしたらにやってもらうかな」
「…………それは断る」

ていうか俺すでにプレイしてるからね?わざわざ好んで行きたい場所じゃないからね?
チビには会いたいけど、あの中に入るのには毎度毎度勇気というか覚悟がいるんだ勘弁してくれ。

ミルキは小さい頃からキルアやカルト含めて一緒にゲームしてきたから、どうも行き詰ったり退屈したりすると俺にプレイさせようとするんだよな。完徹でクリアまで付き合わされたときはふらふらした。楽しかったけど。キルアたちと最終的に雑魚寝になって、仕事から帰ってきたイルミに呆れられたのも懐かしい思い出だ。

ミルキ個人は一緒にいてけっこう楽なんだけどなーゾルディック家がなー。あと肥満体型がー。
ゾルディックの血を引くだけあって本来美形なんだからぜひとも痩せていただきたい。

「じゃ、俺はそろそろ失礼する」
「んー」

フライドチキンにかぶりつきながら手を振るミルキと別れて公園に向かう。
すると途中で別の場所に移動したとキルアからメールがあった。無事にクラピカとは会えたらしい、よかったよかった。
メールに書かれてた場所に俺も向かうと、真っ先にゴンが出迎えてくれた。

!おはよ!」
「ご機嫌だな」
「だってようやく皆揃ったから」

スキップする勢いのゴンに先導されて進む。すると幾分か顔色のよくなったクラピカが見えた。
俺に気付いてわずかに目を瞠ったかと思うと、なぜかじとりと睨まれる。え、なんで?

「……私を置いてひとりぶらつくとは、随分と薄情だな」
「ひとりでも問題なさそうだったから」
「私に付き合って公園に行く、と言ったのはお前だろう。それが起きてみればもぬけの殻だ」

おうふ、拗ねていらっしゃる。だ、だってお前があんまり美少女な寝顔だから。
そっか、大丈夫そうに見えたんだけどやっぱりひとりで来るのはかなり勇気が必要だったのかな。
旅団の連中が死んでしまったと思っているクラピカだ。すでに人を手にかけたこともあって、ゴンたちと顔を合わせづらい気持ちは強かったのかもしれない。

素直に悪かったと謝って、座るクラピカの頭を撫でる。
ごめんなって意味とひとりで来れて偉いぞという意味をこめて。

謝るのは俺たちにもだろ!ってぷんすかしたキルアくんが腕にしがみついてきて妨害されてしまったのだけれども。




なぜこんなにミルキと意味もなくだらだらしてしまったのか

[2015年 3月 30日]