第191話

ゴンたちが泊ってるらしいホテルまでやってきて、レオリオとも合流できた。よっと手を挙げて挨拶する長身の姿になんだかほっとする。
いやーレオリオはこう日常の大切さをしみじみと教えてくれる存在だよなぁ。あったかくてでかいというか。
久々に全員集合だね!とはしゃぐゴンはもちろんのこと、キルアとクラピカも自然と笑ってる。もちろん俺もだ。

グリードアイランドを手に入れるため金策に励んでいるゴンたちに協力して、レオリオはさっきまでゼパイルって人物と動いていたらしい。億単位の利益はちゃんと出たみたいだけど、それじゃまだ全然足りないんだってさ。いやーとんでもない額かかるもんなぁあのゲーム。

「……にしてもお前」
「……なんだ?」

エレベーターの到着を待ちながら、レオリオがじっとクラピカを見下ろす。

「なんか、威圧感つーか……迫力みたいなもんが出た気がするな」
「そうか?……君は大した変化もなさそうだな」
「ムカつく度も増したなオイ!!!!」

この二人の小競り合いのようなやりとりも懐かしくて。少し軽くなった足取りでエレベーターに乗り込む。
潜り抜けてきた修羅場はもちろん、念にまつわる覚悟の重さが、クラピカの空気を変えているんだろう。それをかすかにでも感じ取ることができるあたり、なんだかんだでレオリオもハンター試験に受かっただけのことはあるんだよなぁ。

「そういや旅団のひとりを倒したらしいな。念を覚えて間もないお前が、いったいどうやって」
「……もしお前たちが蜘蛛の残党を捕えたくてそれを聞きたいのなら、やめておけ」
「そのことだけじゃないよ。俺たちだって念を極めたいと思ってる。これから先も念能力は絶対に必要になると思うから」

真っ直ぐなゴンの眼差しを受け止めたクラピカはすぐに顔を背けた。

「……なら、尚更やめておけ。私の話は参考にはならない」
「なんで?」
「…………私の能力は旅団以外の者に使えない」

皆が息を吞んだと同時に、目的の階に到着したみたいだ。チン、という音と共に扉が開く。
とりあえずは部屋に入ることにして、俺はどうしたもんかなと足を止める。それに目ざとく気付いたらしいキルアが振り返った。

?」
「ここから先は俺は聞かないでおく」
「なん……」

一瞬大きな声を上げかけたキルアは、何か思うところがあるのか口を噤む。
それから俺の目の前まで近づいてくると、他の皆には聞こえないように声を落とした。

「……お前さ、大丈夫なのか?」

大丈夫って何が?と心当たりを探る。
俺が話を聞きたくないのは、クラピカの念能力の詳細を知りたくないからです。なんかもう旅団との縁は切っても切れない感じになっちゃってるから、俺だってパクに記憶を探られる日が来るかもしれない。そうなったときにどう命乞いをすればいいか分かったもんじゃない。

「いつまでここにいられるかも分からないしな」
「は?どういう」
「俺もまだ仕事の途中なんだ。呼び出しがかかったらそっちに駆け付けないといけない」

といってもグリードアイランドの競売が始まるまではフリーなんだけど。
でも不測の事態ってのは起こるから、できるだけすぐに動けるようにはしておきたいんだよな。というかクラピカVS旅団に関わりたくないっていうか……関わったら確実に俺が死にそう。

「話が済んだら呼んでくれ」

キルアの頭を撫でてから俺は部屋に入らずに廊下を進む。
休憩スペースみたいな場所があるから、そこで時間を潰させてもらうことにした。ハンターサイトを検索して、まだ行ったことのない遺跡に目星をつけていく。そうすれば時間はあっという間だ。
ここから見える空はどんどん暗くなっていって。雨になりそうだなと思った。






どことなく張り詰めた空気でクラピカが部屋から出てくる。せわしない足取りでどこかに連絡を入れながら離れていった。
なんかあったのかな、この後ってどういう展開だったか……あ!

「死体はフェイク」
「やっぱお前知ってやがったな」

おわあ、いつの間にかキルアくんが背後におるぅ!!相変わらず気配を殺すのがお上手で!
ものすごく渋い顔をした弟分は俺の隣にどかりと腰を下ろして足を組んだ。

「ヒソカからメールがあった」
「……そうか」
「旅団のボスがやられたわけじゃないって気付いてたんだろ。なのになんで黙ってたんだよ」
「俺から言うことじゃないし、それを知ってる理由をどう説明するんだ」
「そりゃ……」

もうキルアとゴンには旅団と繋がりがあるってバレちゃっているわけで。なのにクラピカに言わずにいてくれてることには感謝しかない。
……いやまあいつかはクラピカにも知られちゃうよなぁ絶対。でででも俺から言う勇気ないんだよなぁ!

はさ、あいつらのことどう思ってんの」

あいつらってのは多分旅団のことだよな。どう……どう思うか……。

「碌な連中じゃないとは思ってる」
「なのに付き合ってるわけ?」
「付き合いたくて付き合ってるわけじゃない。……まあ、あの中にもそれなりに親しいと言ってもいい奴らはいるけど」
「…………シャルとか?」

なんでそこでシャルの名前が出てくるんだ?まあ旅団の中で一番仲良いのはあいつだけどさ。
ゴンとキルアがノブナガに捕まってたとき、うっかり俺もアジトに顔出しちゃったから、そのときのやりとりで感じ取れるもんがあったのかな。
外から見て仲良さそうに見えたんならちょっと嬉しいけど、でもそんなこといってられる状況じゃないってのが悲しいくそう。

「……あいつが旅団だってのは後で知ったんだ」

いや漫画の知識で知ってましたけども。懐かしいなぁ、天空闘技場のお膝元でシャルと会ったあの日。もう何年前になるんだ?キルアもほんと小さかったもんな。
まだ身分証明書といえるものがなくて、携帯電話を買うこともできなくて。それを助けてくれたのがシャルナークだった。

甘いもの好きっていう共通点もあったし、俺が元の世界に帰るための手がかり探しにも協力してくれてるし。家も間借りさせてもらったりと本当に世話になりっぱなしなんだよな。
だからシャル個人のことは好きだし一緒にいてとても楽だ。……けど、幻影旅団に関しては。
シャルを通じて知り合ったあいつら皆、俺にとっては恐怖の対象でしかない。でも、一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、なんというか距離が近づいていくのは仕方のないことで。

フェイタンとかフィンクスみたいなすぐ殺意を向けてくる奴らとは一定の距離を保ちたいが!!

「旅団のやってることが許されるとは思っていない。けど、あいつらの生き方を俺がどうこう言える立場でもない」
「……ま、そこは俺もなんか言うつもりはねぇけどさ。ゴンみたいに蜘蛛を止めたい、なんて命知らずなこと言えねーよ」
「ゴンは本当に真っ直ぐだな」
「フォローさせられるこっちの身にもなれっての」

そう言って唇を尖らせてるけど、なんだかんだでゴンの世話を焼くのが楽しいはず。
あんな無鉄砲な暴走機関車についていけるのはキルアぐらいだもんな。
ついにやにやしてると思い切り睨まれてしまった。照れてんのかな。

「……旅団にかけられてた懸賞金が白紙になったらしくてさー」
「そうか」
「流星街出身だから、って話だけど?」
「あぁ」

その情報は間違ってない。だからこそ、マフィアのコミュニティは幻影旅団の追跡をストップさせることになった。
旅団の行動はイレギュラーだけど、流星街とマフィアは蜜月関係にある。マフィアとしては、旅団への報復にこだわって流星街との関係が悪化する、なんてことは望んでないからだ。

がそう言うってことはマジなのかぁ、じゃあもう懸賞金はあてにできねーってことじゃん」
「残念だったな」
「とりあえずゴンをどう納得させっかなー……」
「ゴン?」
「旅団を捕まえてやる、ってスイッチ入ってるから」

さすが主人公というべきか、一度こうと決めたらゴンは揺れないからな。
キルアが頭を悩ませていると、ちょうど当の本人がやってきた。これからのことなんだけど!と早速相談を始めてる。

それを見守っていると、俺の手元で携帯が震えた。あ、ツェズゲラだ。

「もしもし」
『オークションの主催側がごたついているらしくてな、競売が行われるのか不透明になっている』
「あぁ……懸賞金の取り下げがあったらしいな」
『さすが耳が早いな。状況が分からんのでな、一応こちらに合流して備えてくれ』
「了解」

ちゃんとグリードアイランドの競売は行われるだろうけど、それは俺しか知らない未来。
なんとしてもゲームクリアをさせたいバッテラ氏は、何がなんでもゲームを手に入れたいんだ。できるだけ万全の状態でオークションを待ちたいんだろう。

「キルア、ゴン。悪い、仕事が入った」
「え、そうなの?」
「お前このタイミングで抜けるのかよ!」
「どちらにしろ俺は旅団絡みには手を出すつもりはないんだ。……あんまり危ないことするなよ」

ちびっ子たちの頭をわしゃわしゃと撫でて、俺はホテルを出るためエレベーターに向かう。
ちょうど戻って来たクラピカと会えたから、仕事が入って抜けることを伝えた。

「運び屋の仕事か?」
「そう。けっこう長期の契約をしてるところなんだ」
「……そうか。こちらのことは気にしなくていい。のすべきことに集中してくれ」
「ありがとう。……クラピカ」
「何だ?」

見上げてくる眼差しには強い光が宿っている。でもそれはゴンのような輝きではなくて。
抜き身の刃のような揺らめきは不穏で危うい。絶望から起き上がるために燃やし続けてきた復讐心は、クラピカの激情をすぐさま引きずり出してしまうだろう。

「お前が何をやろうと構わない。でも、ひとつだけ」
「……?」
「ゴンたちだけじゃない。クラピカ自身も、ないがしろにしないでくれ。怪我をするなとは言わない、でも……死ぬなよ」

この言葉を本当はパクたちにだって言いたかった。言ったところであいつらには届かないって分かってるから口にはしないけど。
旅団も、クラピカたちも、どっちにも死んでほしくないなんて甘ちゃんもいいところだ。

ひとつ頷いて、レオリオのところに向かうクラピカの背中。
……ま、あいつだって俺の言葉がどんだけ届いてるのか分からないけどな!
どいつもこいつも意志が強いというかマイペースがすぎるというか。

そのぐらいの頑固さがないとこの世界で生きていけないのかもしれないけどさ。





クラピカが自分の能力を明かすシーン大好きです。
が、今回は同席せず。

[2023年 4月 1日]