第192話

ツェズゲラたちと合流して、オークションに関係した情報を集めることに専念する。
といっても俺は別に情報屋ってわけでもないから、できることはあんまりないんだけどな。必要な物資や通信が届かないような場所への伝達があった場合に走るのが役目。
運び屋としての役目があるときは忙しいけど、基本的には待機時間の方が長いんだよなー。ま、危ない目に遭わずに済むんならありがたいことだ。

「八十九億ジェニーか」

出品予定のカタログを見ていたツェズゲラがぽつりと呟く。
俺は待機してるホテルのルームサービスを眺めていたわけだが、なんとはなしに顔を上げた。
それに気が付いたらしいツェズゲラはやや皮肉っぽい感じに唇の端を吊り上げて笑う。

「たかがゲームひとつにつく値段か、と。つい考えてしまうな」
「……すごいゲームじゃないか」
「確かに、攻略のしがいはある。しかしバッテラの金のかけ方は異常だ」

いまいくつ所有してるんだっけか。そんでもってさらに今回はグリードアイランドが複数出品される予定だから、合計でいくらかかるのか。
そもそも最低落札価格で八十九億なんだもんな。オークションなんだから、ここからさらに高くなっていくわけで。……富豪ってすごいよな。俺そんだけ金あったらもう働かず、ひたすら遺跡巡りしまくる。

「ツェズゲラは金の使い方にうるさいからな」
「雇用主を否定するつもりはない。おかげで俺たちは報酬にありつける」
「今回また新しくグリードアイランドを入手するとして。プレイヤーがどれだけ有能なのが集まるかだな」
「気になるか?」
「……そりゃあね。前のようにリタイア希望者を探して回るなんてことになったら面倒だ」
「そういえばそんなこともあったな」

あれ本当に大変だったんだからな!プレイヤーの枠を増やすために、クリアする気のないプレイヤーを探して現実世界に帰れるようにするっていう。そんな仕事を任されたこともあった。
不本意ながらいまはグリードアイランドでもそれなりに動けるようになったけど、当時はひいひい言いながら走り回ったから。

「どうだ?もプレイヤー選考会の審査員になるのは」
「誰かを審査できるような能力はないよ」
「ふっ、そういうことにしておこう」

いや本当にないからね????ウイングさんのおかげでだいぶ補強されたとはいえ、俺の念なんて我流もいいところだから。
そもそも戦闘能力はないんだよなぁ。ひたすら生き残るためだけに磨いた能力って感じだし。

俺はグリードアイランドでものんびり過ごしてることが多いから、自分の身を守ることさえできればいい。あとチビもけっこう頼りになる。
でもゲーム攻略を目的とするプレイヤーなら、やっぱり戦闘力ってのは大事だと思うんだよな。なんか命がけの試合しなきゃゲットできないカードとかあった気がするし。
それを乗り越えられそうなポテンシャルがあるかどうか、なんて俺じゃ判断つかん。

「しかし雨の止む気配がないな。明日は良い天気だといいんだが」
「……どうだろうな」

窓を叩く雨が弱まる様子はない。






ようやっとグリードアイランドが出品される競売は行われることが判明した。中止になったのは地下競売で、そっちは表には出せないような商品が出てくるやつだから関係ない。
バッテラも安心できたみたいで、競売開始時間までフリーってことになった。どうすっかな、まだ一日空くことになりそうだけど。
いまクラピカたちはどうなってるだろう。蜘蛛を追跡して、ゴンとキルアがまた捕まって、んでクロロを拉致してー……。

なんて考えたところで、携帯にメールが届いた。

「…………パク?」

そこに書かれていたメッセージは簡潔なもので。
俺の足は自然と駆け出していた。






最期に会ってもらうことって、できるかしら。

「……なんて書かれてたら、来ないわけにはいかないんだよなぁ」

いまだ降り続ける雨に髪から水が滴り落ちる。
視界は悪く、足元も水たまりができていて不安定だ。でも足場の悪さはゴミ山で過ごした俺には慣れたもの。
瓦礫が増えてきた景色。俺がいま立っているのは旅団のアジトになっている廃墟の入口だ。

「……来てくれたのね」

怪我をしているらしいパクノダが現れる。
雨の中ゆっくりと近づいてくる彼女の眼差しは静かで。いっそ穏やかとすら言えるものだった。

「パクは、死ぬつもりなのか」
「あらどうして?」
「最期、って書いてあったから」
「嘘。は知ってるんでしょう?この胸に何が刺さっているのか」

あーやっぱりキルアとゴンの記憶の中に俺もいたんだろうなぁ。
俺がクラピカとも知り合いだってきっともう知ってる。なのに、全く責めるような空気はなくて。
なんで俺を呼んだんだろう。俺に言いたいことがあるのかなって思ったんだけど。

「……パクも、知ったんだよな。俺のこと」
「えぇ。だから貴方が私たちのために動いてくれるわけではないことも、分かってる」
「…………今回に関してはどっちの味方もしないよ」
らしいわね」

うっ、晴れやかな笑顔が眩しすぎる。
俺の臆病さを見透かされたみたいで胸が痛い。

「でも俺は」
「?」
「俺個人の意見は」
「…………何?」
「……パクには死んでほしくない」

俺の言葉なんてなんの意味もない。パクの行動を変えるには至らない。
それが分かっているから声は震えてるし、消え入りそうなほどの小ささで。もう恥ずかしいったらない。だけど、言わずにはいられなかった。
旅団と過ごす時間は悲鳴を上げてばかりだったけど、そんな中でも俺にとってパクノダは穏やかな時間と癒しを提供してくれる貴重な存在で。

ひどくゆっくりと瞬いたパクは、なんでか笑い出した。
え!?俺そんなに情けない声してた!?

「……ありがとう、その言葉だけで十分よ」
「うん。……それで?俺に何かできることはあるか」
「あら、どっちの味方もしないんじゃなかったの」
「旅団に協力はできない。……でも、個人的なものなら聞けるかもしれない」

内容によるけど。個人的にクラピカを殺してほしい、とか言われても無理だけど。
でもこうして笑ってるパクを見ると、そういう類の頼み事はされない気がした。

「……そうね。じゃあ、これからもあいつらに付き合ってやって」
「…………あいつらって」
「味方しろって言ってるんじゃないわ。いままで通りでいいの」

いままで通り。旅団の連中に巻き込まれて悲鳴を上げて、シャルとケーキを食べたり、マチと愚痴を語り合ったり。
騒がしくて恐ろしい日々。それらを好ましいと思うことは多分ないけど、でも。
嫌いにも、なりきれない。

「あいつらが、そうしてくれるって言うなら」

俺の言葉に、パクノダはゆっくりと目元を綻ばせた。
優しく笑みの形に持ち上がる唇がやけに目に焼きついて。

まるで励まされているような気持ちになって。

立場が逆なんだよなぁ、と笑うしかなかった。




やっぱりパクノダが好きで……。最後に会ってもらいました。

[2023年 4月 1日]