第192話―パクノダ視点

私が読み取る記憶は、もっとも深い原記憶。何よりも純粋なもの。
現れた子供二人から改めて読み取った記憶は、私にとって大きな驚きをもたらすものだった。
と同時に、私たち蜘蛛へ鋭い刃を突きつける狼煙ともなる。

ゴンとキルア。
この子たちはやはり鎖野郎と繋がっていた。クラピカという男がどんな能力を持っているかも知っていて、この情報は私たちにとってとても有用なものだわ。
けれど、団長を人質にとられてしまったいま。この二人から引き出した情報を打ち明けるわけにはいかなくなった。

生かすべきは蜘蛛。それが私たち幻影旅団の遵守すべきルール。
団長をとるべきか、蜘蛛をとるべきか。

……私は、団長を失う選択はとれなかった。私たちにはまだ、あのひとが必要だ。

仲間とコミュニケーションがとれないまま。でも私の決定をマチたちは見送ってくれた。

「……フィンクスやフェイタンは怒ってるでしょうね」

彼らはルール通り、団長よりも蜘蛛を優先させる。きっとそれが正しい選択。

 暗くてわずかに明るい日
 貴方は狭い個室で2択を迫られる
 誇りか裏切りかしか答えはないだろう
 死神が貴方の側に佇む限り


裏切りは、蜘蛛のルールに逆らういまを指しているのかしら。
でも、それでも。どれだけ考えても、いくつのルートを模索しても、やっぱり私の結論はこれになってしまう。

だから頷いた。その結果この胸に穿たれた強制的な掟。
団長に課せられた掟は念能力の使用禁止、今後旅団員との一切の接触を断つこと。
私に課せられた掟はゴンとキルアを解放すること、クラピカの情報を一切漏らさないこと。
……団長にはきっと呆れられているかもしれない。それでも、私はこの選択をよしとした。

そしていま、人質同士の交換が達成された。これでもう、大丈夫。
あとは私が鎖野郎の能力を皆に伝えればいいだけ。そうすれば蜘蛛の脅威はなくなったも同然。
これで私が蜘蛛のルールに背いたことはチャラにならないかしら、なんてね。

途中ヒソカの乱入があったときには肝が冷えたけれど、団長の念能力が封じられたと分かって去っていった。……本当に、ただ戦いたかっただけみたい。
とりあえずいますぐにヒソカが団長をどうこうする心配はない。あとのことは残った皆が対応してくれるでしょう。

となると私がすべきことはもうない。
他に何かしたいことはあったかしら。

いつ死んだっておかしくない日々を生きている私たちに未練なんてものは無縁。
死ぬ前ってどんな気持ちなのかしら、と想像を巡らせてみたことはあったかもしれないけれど。
いまこうしてその立場になってみたら、心は凪いでいる。不思議なものね。

……あぁそうだ、ひとつやりたいことを思い出した。
ゴンとキルアという少年たちから読み取った記憶。その中に見つけた姿。

来てもらえるかは分からないけれど。でも彼なら駆け付けてくれそうで。






アジトまであと少し、というところまで来てずぶ濡れの背中を見つけた。
あぁやっぱり、と心の中でこぼして歩を進める。

「……来てくれたのね」

声をかければゆっくりと振り返る
私が会いたいと思ったのは彼だった。

子供たちの記憶の中、は随分と親しげに過ごしていて。
それでも蜘蛛の情報を彼らに流している様子はなかった。そう、はどちらの側にもつくつもりはないらしい、というのは読み取れた。
あの子たちに対するほどではないとしても、私たちのことも少しは気に入ってくれていたのかしら。

「パクは、死ぬつもりなのか」

ほら、まるでそれをやめてほしいみたいに。淡々とした声に滲む苦さ。
のような男が誰かの命を惜しむような発言をするなんて。

「あらどうして?」
「最期、って書いてあったから」
「嘘。は知ってるんでしょう?この胸に何が刺さっているのか」

胸にはなんの傷もついていないけれど、確かに打ち込まれた小さな剣。
私の問いに対する明確な答えはなかったけれど、は静かに目を細めて口を開いた。

「……パクも、知ったんだよな。俺のこと」
「えぇ。だから貴方が私たちのために動いてくれるわけではないことも、分かってる」
「…………今回に関してはどっちの味方もしないよ」
らしいわね」

わざわざそうやって宣言するところが義理堅いというか。
彼は運び屋を生業としているから、特定の勢力に肩入れするということがないのだろう。
プロらしい姿勢だわ、と納得していたのだけれど。

不意にが胸元を押さえた。まるで何か迷うみたいに視線をさまよわせる。
あの焦げ茶の瞳がいつもと違う揺れ方をした。これはいったい、何を意味する色かしら。

「でも俺は」
「?」
「俺個人の意見は」
「…………何?」
「……パクには死んでほしくない」

その声はとてもとても小さくて。
本当なら口にするべきではないと封じていたものを絞りだしたみたいな。

死んでほしくない、だなんて。
はっきりと言葉にされるだなんて思ってなかった。も言うつもりはなかったのかも。
私も言ってもらえると思わなかったもの。

ああ、不思議。
生きることを望まれるって、意外と嬉しいものなのね。
それだけで、私の人生悪いものじゃなかったのかも、なんて錯覚してしまえるぐらいに。
雨に濡れた前髪から雫が落ちて彼の頬を濡らしていく。まるで私のために泣いてくれているようにも見える。そんなわけは、ないのだけど。

「……ありがとう、その言葉だけで十分よ」
「うん。……それで?俺に何かできることはあるか」
「あら、どっちの味方もしないんじゃなかったの」
「旅団に協力はできない。……でも、個人的なものなら聞けるかもしれない」

……あらあら、意外と甘いんだから。
思った以上に私たち、懐に入れてもらえてたのかも。

「……そうね。じゃあ、これからもあいつらに付き合ってやって」
「…………あいつらって」
「味方しろって言ってるんじゃないわ。いままで通りでいいの」

生真面目なところのあるだから、もしかすると今回の件を切欠に蜘蛛から距離を取ってしまうかもしれない。
別に貴方がウボォーを殺したわけでもなければ、蜘蛛の情報を売ったわけでも、団長を捕えたわけでもない。
だから決定的な溝が生まれたのではないと、に分かっていてほしかった。

蜘蛛の足にはならないけれど、それでも時間を共有することがあった。
そんな貴方を受け入れていたのは、何も私だけじゃないはずだから。

「あいつらが、そうしてくれるって言うなら」

静かに落とされた言葉は、強い雨音の中でもきちんと届いた。
私の言葉を聞いて、応えてくれる。それがひどく嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。

自由すぎる連中だけれど。どうかよろしくね。

貴方のおかげで、私はこの先へ進んでいけるわ。





背中を押されたのはお互い様

[2023年 4月 1日]