第195話

運び屋としての仕事が追加されてしまいましたので、俺はいま大変しんどいです。
クラピカの体調がどうなっているか確認に行ってやりたいけど、オークション期間中は厳しいだろうなこれ。グリードアイランドはまだ出品予定があるから、バッテラ氏が落札するたびに俺はそれを運ばないといけない。
オークションが終わる前に、クラピカはヨークシンを出発するはず。お見送りしたかったんだけどなー難しいよなー。

ちなみにゴンとキルアは絶賛念の修行中。必殺技を編み出すんだと。
キルアは方向性が決まってるらしく、俺に修行について報告してくるぐらい余裕がある。反してゴンはすごく難航してるみたいだ。
頭を使って組み立てる、っていうの苦手だからな。命の危機にさらされる土壇場なら、びっくりするぐらいの発想を見せるのに。
今日も隣の部屋からゴンの頭がショートする音が聞こえた、というキルアからのメールについ笑ってしまう。

、仕事だ」
「……分かった」

どうやらバッテラ氏は順調にグリードアイランドを落札しているらしい。
これを安全に確実に搬送するのが俺の仕事なわけだけど。一つ一つを毎回バッテラ邸へ届けるのは手間がかかる。
そのため、実際に運ぶのは最終日になるんだけど。それまでは一時的な置き場で管理することになってて、管理役が俺なわけで…………責任重大である。
といっても、グリードアイランドを強奪しようとするような奴はもう出てこないと思うんだけどね。

置き場になっている部屋はホテルの一室だ。しかも超高級ホテル。
こういった場所はそもそも警備が厳重だし、VIPが泊まる階になると関係者以外は立ち入ることができない。その上で俺もいる、という徹底ぶり。

いやー厳重に保管されてるから、割と俺は暇なんだよなこれ!暇だからこそ大変というか。
一応何が起こっても対処できるように気を張ってなきゃいけないし。
おかげでキルアがくれる修行報告は俺の癒しになっていたりする。

……俺も基礎トレするか。





点をしたりと静かに過ごしているうちに、クラピカがヨークシンを離れたと報告があった。
メールをくれたのはレオリオで、まだ完全回復には至ってないがちゃんと自力で歩くことはできていたという説明も添えてくれている。ひとまず旅団から遠ざかってくれたのならよかった。
クラピカ自身からは連絡はなかったけど、俺が仕事中だからと気を遣ったのかもしれない。

『最後の一つも競り落とした。すでに入手済みのものと共に運んでくれ』
「了解」

そうこうしているうちにオークションの全日程が終了した。
ツェズゲラからの連絡を受けて、すでに落札済みのグリードアイランドを抱えて出発の準備に入る。これをバッテラ邸に運べば仕事は終わりだ。
ツェズゲラはこのままプレイヤー選考会に入るから、俺とは別の便で来ることになる。

大きなトラブルもなく輸送は完了できそうだ。
レオリオもそろそろ帰る頃だろう。誰にもまともな挨拶できなくて申し訳ないなぁ。

もともとヨークシン編には関わらずにいようと思ってたんだから、仕方のないことかもしれない。

俺はここで何もできなかった……いや、しなかった、が正しいのか。
クラピカ達を応援するでもなく、幻影旅団のメンバーを助けるのでもなく。
……でもゴンとキルアには旅団と繋がりがあることがバレたし、旅団の連中も俺と鎖野郎が旧知の仲だっていうことを知った。

関わらずに逃げようとしても、やっぱり変化は少しずつ訪れている。

「……ヨークシンを離れるって俺もキルアに連絡しとくかな」

顔も見せずにメールで済ませやがって!と怒られるかもしれないけど。
連絡をしないよりはマシだろうと携帯を取り出したところで、ちょうど着信を知らせる。画面に映し出された名前は……シャルナークだ。

「…………」

どっ、どう、しよう!?これ出ていいやつ?!

パクと別れてからこっち、何のリアクションもなかったシャルから電話ってなんだ。いよいよ俺は殺されるのかもしれん、と眩暈がしてくる。いや、そんなことにはならないと思う、思いたい。
……でも恨み言のひとつぐらいは言われるかな。そのぐらいは甘んじて受けるか、と意を決して通話ボタンを押した。

「……もしもし」
『あ、出た出た。久しぶり

あっけらかんとしたいつも通りの声に、咄嗟に返事ができなかった。

『そっちはいま何してた?』
「仕事中」
『あ、そうなんだ。電話してて平気?』
「大丈夫だよ。あんまり長くは話せないけど」
『オッケー、じゃあ手短に。ってグリードアイランド知ってるよね』
「……知ってるけど」

なんでいまその話題を出して……ってフィンクスとフェイタンか!
あいつらグリードアイランドをプレイし始めたんだな。それを見て興味を持った、ってところかな。

『あれ面白い?』
「俺は仕事で関わったぐらいだから、面白いかどうかで考えたことはないな」
『はは、らしいや。…………けっこうなお宝がありそうなゲームだよね』
「……遊ぶのか?」
『ちょっと試してみようかなって。も一緒にどう?』
「仕事中だって言ったろ」
『残念』

そうでなくてもシャルとグリードアイランドに行く気はないけどな!!だってまともな遊び方しなさそうじゃん!
グリードアイランドはゲームという括りではあっても、蓋を開けてみれば現実世界に存在している島だ。だからプレイヤー同士なら傷つけることはない、とかそういう親切なルールはない。
……むしろ他プレイヤーが足を引っ張ってきたり、なんなら命を奪ってでも相手の持ち物を盗ろうとしてきたりする。

そう考えると、旅団の連中には遊びやすいゲームかもしれないな。
本来のグリードアイランドはそういう遊び方を想定していたわけじゃないんだろうに。

残念だと言いつつもからからと笑ったシャルは、じゃあ邪魔しちゃ悪いしそろそろ切るよと話を区切った。あまりにいつも通りの調子だったから俺も流されてまたな、なんて返す。
通話が切れる直前、少しだけ声をひそめてシャルナークが囁いた。

『……パクノダに会ってくれて、ありがと』
「…………っ……」
『パクも言ってたけど、はそのままでいいよ。俺たちもそうするから』

じゃあね、という声を最後に通話が終了する。あとは機械音が響くのみだ。

「…………シャルは俺に甘いよなぁ」

仲間が死んで、その原因となった奴と親しくしている俺を、普通は許せないんじゃないか。
旅団の面々は死生観が普通とは違うっていうのもあると思うけど、それにしたって。

嬉しい、と思ってしまう自分がいる。

シャルナークはこの世界での初めての友達だ。
幻影旅団という恐ろしい集団の一員ではあるけど、知り合ってから数年の時間を一緒に過ごして、家も間借りさせてもらってもいる。
俺にとっては帰る場所のひとつになってるんだ。

だから今回の件で敵対したり疎遠になってしまうとしたら、それはしんどいなと思ってて。
でもそうならなかった現実に、ホッとしてる。

「……ありがとな」

もう繋がっていない携帯に向けて呟く。
そして雨の中、優しく笑っていてくれた彼女へ心の中でもう一度感謝した。
俺の居場所を守ってくれたのは、きっとパクなのだろうから。





キルアとは別ベクトルで特別な存在のシャルナーク

[2023年 6月 7日]