第197話
食糧や必要な生活用品の買い出しに出たところで、物騒な噂話が聞こえてきた。
ボマーに関する噂は前からあるけど、それとは別に派手にプレイヤー狩りをしている奴がいるって話だ。
ゲームとはいえグリードアイランドは現実世界にあるから、殺されれば死ぬ。貴重なカードを求めてライバルを殺すっていう暴挙は哀しいかな珍しくはない。
なのに改めて新たな噂として広まっているということは、それだけ犠牲者が多いか殺され方がヤバイんだろう。
「……蜘蛛の連中かな」
フィンクスとフェイタンが入っているのは確実だし、確かシャルたちもゲーム内に来るはず。
恐ろしいことにヒソカも顔を出す流れだった気がするが、あまり目立つ行動はしないと思う。少なくともゴンたちに合流するまでは。
以前はグリードアイランドといえば俺にとってある意味で逃げ場ではあった。ゴンたちも蜘蛛の連中も入って来ることはない場所だったから。
けれど物語の舞台はいまやここ。知り合いがうようよしているわけだ。
仕事自体は終わったのだからゲームから出てしまってもいいんだけど、ケスーとの約束もあるしなぁ。ゴンたちの行方を見届けたい気持ちもないわけじゃない。
「クプ!」
「満足したか?カニは晩飯な」
「キュウ!」
屋台で買った串焼きをたいらげたチビは満足したらしく、俺のフードに入っていく。
このまま昼寝に入ってしまいそうだなと苦笑しつつ、ひとまず荷物を家に置くために足を動かした。新しく本も買ったから、今日はそれを読んで過ごそうかな。
と、思っていたんだが。
「ヒイィ!た、助けてくれ!全部、カードなら全部やる!!だから命だけは!!」
すごい王道な命乞いの声が聞こえてきて、俺こそヒィと悲鳴を上げたい気持ちになった。
商店街から住宅地に入ってきたところとはいえ、人通りはまだ多い道だというのに。こんな場所で命のやりとりなんてしないでほしい。
これはもう巻き込まれないように逃げた方がいい、と判断して足に力を込めようとしたところで。
「無理ね。どちらが多く狩れるか競争してる。お前殺すよ」
フェイタンじゃねえか!?!?!?
噂すれば影在りというが、俺が噂したわけじゃないのに出てこないでほしい。
「、動いたら殺すね」
そしてこちらのことも気付いている、と。いや当たり前ですよねハイ。
よりによって一番話が通じなそうなフェイタンに遭遇するとか運がないにも程がある。せめてフィンクスの方がまだ良かった。
どうにか逃げ出したいところであるが、幻影旅団の団員であるフェイタンが本気を出したら勝てるはずがない。
あと俺の両手は買い出しの荷物で塞がれているという状況。これぶん投げても意味ないだろうしなぁ。
「あ、あんた!た、たすけてくれ……!」
腰を抜かしたプレイヤーが這いつくばりながら手を伸ばしてくる。
助けたいのは山々ですが俺も助けてほしい側なんですよね!!あんたと俺の命はいまや風前の灯火!喉がからからで唇も乾いてくっついたままという無様さである。
「殺ったら、ポイント何倍になるか」
「知らん。物騒な競争に巻き込むな」
「い、いやだ、しにたくない……!」
ってぎゃあ!?すごい力で足つかまれた!!!!
びくっとした拍子に蹴飛ばしちゃったんだけど!?あ、プレイヤーさんが宙に舞って……フェ、フェイタンに飛んでったー!!?
「邪魔」
「グハァッ……!?」
俺のせいで切り刻まれた予感しかしないが、足は本能的にその場を離れるためオーラをまとっていた。こうなれば後はもう地を蹴るだけだ。
フェイタンの殺気が膨れ上がるのが分かる。俺を追いかけようとしてくるに違いない、これは全力で念を使うしかないか。
決死の覚悟を決めた俺の首元から、不意に小さな影が飛び出した。
「クアアァー!!!」
「!チビ!?」
満腹で膨れていた分を吐き出すように、チビが大きく口を開ける。
そして今まで見たこともないほどの巨大な火炎を放ったのが見えた。あっつ、熱ぅ!?
これにはフェイタンも不意を突かれたのか足が止まる。よしチャンス!
すぐさま俺のフードの中に飛び込んでくるチビを確認し、離脱する。
荷物も手放さずに済んだし、小さな相棒のおかげだ!夕飯は出し惜しみせずたっぷりカニを食わせてやらないとだな!
名も知らぬプレイヤーさん、本当にすまない。蜘蛛相手じゃどう足掻いても無理だったよ!
どうにかこうにか隠れ家不動産に逃げ込み、ぜえぜえと肩で息をする。
フードから顔を出し俺の肩にまで移動してきたチビは、褒めてとばかりに頬に擦り寄ってきた。本当にありがとな、お前のおかげで五体満足でここにいるよ。
買い出し荷物をそこらに置いて、よろよろとソファに沈み込んだ。
やっぱり旅団にはしばらく会いたくない。
少なくとも戦闘狂たちは御免である。
そのためにはゲームから出た方がいいかもしれない、と真剣悩み始めたものの。
励ますように甘えてくるチビにその気持ちは鎮まってくる。
多分こいつはカニ料理が食べたかっただけなんだとしても。
恐怖心に震えてるとき肩を叩かれたら跳び上がる、あの現象と同じ。
[2024年 3月 15日]