第180話―クラピカ視点

ノストラードファミリー。
ヨークシンで行われる裏のオークションにコネクションを持つ雇用者を私は探していた。
ヒソカの言葉から、幻影旅団がヨークシンに何かしらの形で関わってくることはわかっている。
そのときに私自身が少しでも近づける状況にいたい。

ノストラードファミリーは人体収集を好んでいる。
緋の眼という単語が並んでいたことから、私はこのファミリーを就職先に選んだ。

私の目的は幻影旅団を捕えることだけではない。
失われた同胞の眼を取り戻すことが、最終的な目標なのだ。
必ず皆の眼を集めて弔ってやらなければ。

念も無事に完成することができた。恐らく、蜘蛛とやり合うことに支障はないだろう。
実戦で試したことはないが、それなりに効果があるはずだと自負している。
師匠は最後まであまり良い顔はしなかったが、それはつまりそれだけの危険と威力がある証拠。
私がしようとしていることを考えれば危険などあって当然だ。
修行に付き合ってくれたは、私の誓約を聞いたらどう思うだろうかとふと考える。

…まあいい。
私がこの能力について誰かに明かすつもりはない。例え相手がであってもだ。

目的を達成するまで仲間と連絡を取るつもりはなかった。
ヨークシンで会おうという約束を交わしてはいたけれど、それは難しいともわかっていた。
私はこれからマフィアに所属しボスの警護も仕事内容に入ってくる。
そうそう職務を放棄することはできないだろうし、何よりヨークシンには蜘蛛の影があるのだ。
ゴンたちと再会を分かち合う余裕はなさそうだ。それに巻き込みたくない。

…………と、思っていたのだが。

『オークションの開催まで、あと一か月あるが。それまでにこれから渡すリストの中からひとつ、どれでもいいから探してきてくれ。それをクリアすれば、正式に契約し…』

画面越しに語られる就職のための試験内容。
それを頭の片隅に留めながら、私は収集を求められているものを確認していく。
同胞の瞳が映し出されたときにはどうしても一瞬呼吸を止めてしまった。
呼応するように目に熱が溜まっていくのも自覚したが、いまはカラーコンタクトをしている。
私の瞳が緋色に見えることはないだろう。

そして次に映し出されたものに、今度こそ私は息を呑むことになった。





試験はまず会場である館から無事に脱出することが最低条件。
私も会場に集まった就職希望者も難なくそれをクリアし、次の課題に移る。
これから集めるものはすでに私は決定している。期限は一か月以上ある、焦る必要はない。
上司に取り入ることを考えたら、早めに就職するにこしたことはないが。

それよりもまず確認したいことがあり、館からずっと離れた場所まで辿り着いて携帯を出す。
周囲に誰もいないことを確認しアドレスから見知った名前を探し出した。
本来これはタブーな行為なのだが、どうしても連絡をせずにはいられなかったのだ。

長いコール音が続く。
もしかして仕事中なのだろうか、と留守電に切り替わるのを待っていると。

『もしもし』

懐かしいと感じる、落ち着いた声が響いた。
いつも通りの静かな声音に元気らしい、と安堵する。
しかし私はすぐに気を引き締めた。

、単刀直入に聞く。マフィアに指名手配される覚えはあるか」

私の不躾な問いには沈黙する。
それから静かに呟いた。

『………ノストラードファミリーか』
「お前、いったい何をしたんだ」

心当たりがある上にファミリーの名前すらも言い当ててみせたことに、私の声が責める響きを持つ。
は裏社会での仕事を主にしているのだから、指名手配される可能性はある。
マフィアと関わることだってあるだろう、それは不思議ではない。
だが固有のファミリー名が出てくることが問題だ。
つまりノストラードはと敵対する組織かもしれない、ということなのだから。

蜘蛛に近づくためにはどんなものも利用し、私の心も捻じ伏せてみせようと決めていた。
だがや仲間たちに故意に危険を呼びたいわけではない。
就職先を変えるべきだろうか、と少し迷ってしまったのだ。

だというのに、電話越しに聞こえてくるの声は淡々としたもの。

『いや何も。勝手に気に入られて、コレクションにしたいって言われただけだ』
「…人体収集家のマフィアに狙われているのに、随分と悠長だな」
『実害はそんなにないからな。一応、生きたままコレクションしたいらしいし』

そう、試験のために求められた数々の品の中に彼がいたのだ。

緋の眼などの有名な品が並ぶ中、その写真だけはひどく浮いていたように思う。
盗撮なのだろう、画像の質は良くはない。横顔しか映っていなかったし、だいぶ遠目だった。
しかし彼を知る人間ならばすぐに判別がつくぐらいの写真ではある。




この男の両眼が希望
しかし生きたまま回収することが条件
ある程度の損傷は許容範囲だが、顔はまず傷つけてはならない
意識や人格に障害を与えることも不可


そんな説明がされて、よく冷静でいられたものだと思う。
まさかが収集目的で狙われているだなんて、露ほども予想していなかった。
……しかも、クルタ族と同じように瞳が望まれているとは。

いったいいつ頃から狙われているのだろうか。
私と出会う前からだったとしたら、緋の眼に対してのあの心遣いも頷ける。
普通ならば緋の眼を前にした人間は欲を出すか、異質な色に恐怖や拒絶を見せる。
けれどは動揺することもなく、ただ私のことを心配してくれた。
当たり前のように差し出された優しさに、幼かった私はひどく戸惑い、同時にとても救われた。

いつも私は彼に与えられてばかりなのだ。
彼だって常に危険に隣り合わせの生活を送っているはずなのに。
どうしてひとを気遣ってばかりなのだ。しかも、危機感というものが感じられない。

「…そこまで呑気にされると、心配した私が馬鹿みたいだ」
『心配してくれてありがとう。…けど大丈夫か?就職先の情報を簡単に流すなよ』

だからなぜお前は私の心配をしているんだ、自分のことを心配してくれ。

「まだ試験中だ、正式雇用はされていない」
『なら尚更情報を漏らすな』

の方がこういった世界の仕事には詳しいだろうし、一日の長がある。
一般社会での就職だって、雇用先の情報を漏洩させることはタブーだ。
だがそんなの知ったことか。
目的の足がかりでしかない組織となら、私は迷うことなくを優先させる。

に危害を加えるような組織ならば、就職先として選ぶことは断念するつもりだった」

本心を口にすると、ようやくそこで彼の気配が変わった。
聞こえてくる声は柔らかく、きっとかすかに微笑んでいるのだろうとわかる。

『俺のことは気にしなくていい。遭遇すると厄介だが、厄介なだけで危険はないから』
「……そうだな、お前のことだからどうとでもするんだろう」

これまでもそうしてきたのだろう、あのヒソカと対抗できるような実力者だ。

『クラピカこそ。マフィアに関わるなら本当に注意しろよ』
「わかっている」
『…お前のことだから大丈夫だろうけど』
「信頼には応えよう。いきなり悪かった、では」
『あぁ、試験頑張れ』

彼は最後まで私のことを気遣って通話を終える。
…応援されてしまったということは、にとって私の就職先がノストラードでも問題はないという意思の表明なのだろう。
実際、ノストラードという名前に対して強い嫌悪は感じなかった。
歯牙にかける必要もないということなのだろうか。

再び歩き出し携帯をしまう。
そもそもなぜ彼はマフィアに狙われることになったのだ。それも両眼を。

の瞳は確かに不思議な力がある。
色は変哲もない焦げ茶なのだが、そこに浮かぶものが他者とは違うのだ。
濁っているように見えて澄んでいる。澄み渡っていたかと思えば、言い知れぬ澱みを見せる。
その双眸に引き込まれそうになった体験は、恐らく私だけがしているわけではないだろう。

「ヒソカといい、妙な輩に好まれるタイプらしいな」

頼むからこれ以上厄介なヤツに狙われてくれるなよ。
そう心底願って、私は依頼物を手に入れるために頭を働かせはじめた。





まさかの似た境遇ということが発覚(意味合い違うケドネ!)

[2013年 11月 20日]