第181話
定価五十八億円のゲームは百本しか生産されておらず、入手するにはオークションなどで競り落とすしかない。中古で売りつけてくる連中もいるけど、大抵は偽物をつかまされるだけだろう。
オークションで手に入れようとするなら定価よりもずっと高くなってしまうことがほとんどだ。
「そんな金あるかー!」
「…残高が八億あるだけで十分だと思うけどな」
キルアとゴンの通帳を見比べながら俺はついこぼした。
…なんだよ八億って。そんな金あったら遊んで暮らせるわ。
仕事しないで考古学に没頭しまくるわ。
「はいくらぐらい持ってんの?」
「…いまはいくらだったかな。通帳とか確認しないし」
通帳記帳したら多分すげー迷惑なことになるぞ。何冊分になるんだろう…。
あ、でもいまは全部の履歴印字しないんだっけ?
「俺を頼るなよ?」
「わかってるよ。あーくそ、なんかハンター試験の続き受けてるみたいな気分だ」
「ジンの試験ってことに変わりはないもんね」
「とりあえずキルアは無駄使いをやめろ。お菓子に何億かけてるんだ」
「好きなもんに金かけるのは普通だろ!」
何億もかけるのが普通なわけないだろう!
ゾルディック家に何を言っても無駄だ、と諦めて俺はミトさんから借りたレシピに目を落とす。
ちょっとした工夫とかコツが書かれててすごく参考になる。さすがミトさん。
これでレパートリーも増えるなと俺は朝からご機嫌だ。
あーでもない、こーでもないと話し合うちびっ子たちの声をBGMに。
丁寧にメモされたノートをめくった。
くじら島ってのは本当に平和。
漁師やその家族が住民のほとんどで、朝から港は賑やかだ。
漁から船が戻ってくると今度は市場に活気が溢れる。子供の頃、魚市場とか見学したなー。
新鮮な魚をゲットした俺はそのまま商店街をぶらついた。
あんま見かけない食材も売ってたりして、おばちゃんに使い方を教わってみる。
すると試しに食べてみなさいな、と最後にいくつか食材をわけてもらったりもして。
「…なんて良い島なんだ」
いつの間にか山のように抱えていた食材に、俺はじーんと感動する。
ほとんどただでゲットしたんだぜ?普通に買ったらけっこうな値段するよこれ。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら、すごい荷物」
「お土産。市場うろついてたら沢山もらって」
「ふふ、みたいなひとはこの島じゃ珍しいからかもしれないわ」
「…珍しい?」
「ここにいるのは漁師か、年寄か子供だもの」
俺みたいな年頃の男は島の外に出てしまうことが多いんだとか。
残った者は大抵が家業を継ぐから、若々しさがちょっと足りない、なんて容赦ない感想も続く。
……まあ俺は根なし草みたいな生活だから、安定感はないのかもな。
「ミトに恋人ができたのかと思ったのかもしれないねえ」
「ちょっとおばあちゃん!その話はもうやめてって言ったのに!」
こういう狭い島だと、それぞれの情報が筒抜けで辛いかもな。
誰が誰と付き合ってるとか、喧嘩したとか、結婚するらしいうんぬん。
俺の場合は…あいつまだ独り身なんだぜ、って噂になる未来しか想像できない。
平和なのは良いことだけど、逆にちょっとしたことが大ニュースとして広がる危険もあるわけだ。
一長一短。なんにだって良い部分もあれば困った部分もあるよな。
「ゴンとキルアは?」
「まだ二階で何かやってるわ」
最終的にはヨークシンに行くんだっけ。
のんびりしてられるのがいつまでかわからないし、俺もやりたいこと片付けておこう。
「ちょっと森に行ってきます」
「気をつけていっておいで」
「夕飯には戻ってきてね」
家族はじーちゃんだけだったから、こうして女のひと二人に見送られるのはくすぐったい。
いってきます、と頷いてそそくさと俺は森に向かった。
前に入ったときは夜だったし、明るい時間帯にじっくりと見て回りたかったんだ。
静かで穏やかな空気に、ここが動物の楽園なんだろうなーってわかる。
前にカイトが調査してた森に似てるかも。
と、そうだそうだ。
ふと思い立って俺は携帯を取り出すとカイトの番号に電話をかけてみる。
仕事中で出ないかと思ったけど。意外にもすぐに通話は繋がった。
『珍しいな、お前から電話なんて』
「久しぶり。ちょっとカイトを思い出したもんだから」
『なんだ?』
「いま、くじら島にいる。ジンの息子と一緒に」
『…それはまた。ゴンか、懐かしいな』
カイトの声が笑ったのがわかる。
この島でカイトも小さい頃のゴンと出会ってるんだよな。
ゴンがハンターを目指すきっかけになったのはカイトだ。
「いま森の中を散策中なんだ。このあたりって面白いものあるか?」
『絶滅危惧種の動物はわんさかといるな。遺跡の類ならなかったと思う』
「そっか」
『遺跡みたいに年季の入った植物もあるはずだから、それを見るのも面白いはずだ』
「へえ、そんなのがあるんだ」
くじら島の見どころを教えてもらって、感謝して電話を終える。
カイトのお勧めの場所を散策すると本当に遺跡みたいな大きさの木があったりして驚いた。
木の根が柱みたいに太いんだよ、すげーよな。
中に入っていけば建物みたいな広さがあって、動物たちが住処にしてるようだった。
基本的に人間に対して警戒心がない動物が多いみたいで、俺の周りをちょろちょろしてる。
ゴンの友達は警戒心が強い動物だったっけ?
会ってみたかったけど、ゴンもいない状況で遭遇しても困るし。
「…チビがいた森に似てるな」
グリードアイランドで入手した手乗りドラゴンのチビ。
チビは俺が直にゲットしたカードではなくて、ツェズゲラに譲ってもらった。
だから正確な入手方法は知らないんだけど、チビがいたという森は教えてもらった。
チビもつれて訪れてみると、RPGに出てくるような遺跡でホントびっくりしたよ。
遺跡と森が融合したような。建物はほとんど草木に覆われてしまっているような場所だった。
「いつか連れてきてやれるといいな」
チビはゲームキャラクターだけど、俺はすっかり愛着がわいてる。
ゲーム世界で不安いっぱいの俺を慰めてくれる相棒のような存在だ。
近々仕事でまたゲームに入るし、土産に何か持ってくかな。
チビが好きそうなものはないかと俺は周囲を見回す。
気が付けばウサギみたいな可愛い生き物たちが集まってきてて。
もこもこの塊たちに囲まれ、俺は幸せ気分で散策を続けた。
「、ヨークシンに行こう!」
帰って早々にゴンに宣言され、おうふ…と内心で呟いた。そうか、もういくんですか。
とりあえずお金が必要なことに変わりはないから、金策をしたいとのこと。
グリードアイランドがヨークシンのオークションに流れてくるという情報も手に入れたそうだ。
クラピカたちとの約束もあるし、結局はヨークシンに行くことになる。
その時期がちょっと早まっただけ、ってことだ。
もうミトさんには伝えてあるらしく、その日の晩御飯はご馳走だった。
そうか、平和な時間はもう終わりなのか。
ヨークシンに行ったからといって、すぐにどうこうはないだろうけど。
いよいよ近づいてきている気がして、俺の胃痛は増すばかりである。
うおおおおお、引きこもりたいいいいいいい。
もうくじら島とはおさらばです
[2013年 12月 28日]