第182話―シャンキー視点
「あ、そうなんだ。ラフィーくんのとこにいるの色男」
そんなやり取りをしてからしばらくして。
色男が天空闘技場を離れた、とまたラフィーくんから報告があった。
ラフィーくんっていうのは、天空闘技場のお膝元でケーキ屋を営んでる友人。
ちなみにハンター試験の同期生。もうひとりユリエフくんって同期生がいて、こっちは古本屋。
お互いに店を構えてるから三人そろって会う機会はあんまりないけど、連絡はそこそことってる。
特にラフィーくんは繁忙期になると死にかけるからね。ケーキ屋の忙しさってホントヤバイ。
ユリエフくんも雨の日は体調も機嫌も最悪だったりするから、やっぱ気になるし。
俺の病院が患者殺到で大変なときも同期の二人はなんだかんだと助けてくれる。
俺にとっては初めての友達って言ってもいいかも。
え?ジン?知らんあいつの名前なぞ思い出したくもない。あいつは疫病神だぜ。
トラブルしか呼ばないような男はさっさと滅しろ、と思わないでもない。
そんなジンのトラブルに巻き込まれることが多いのがっていう色男。
いやー不憫だよね、初対面で死にかけるとかさ。あれはマジでなんで生きてたのか。
その後も色々とジンに関わる羽目になってるみたいだし、お互い苦労するねぇ。
どんなトラブルも涼しい顔で乗り越えていきそうだけど、意外と苦労性なんだよな色男。
「シャンキー先生、これで本日の診療は終了です」
「了解。アン嬢もお疲れ」
「いえ。今日の夕食はどうされますか?」
「んー……そういやアン嬢、誰かに食事に誘われてなかった?」
「えっ」
どうしてそれを、と表情に素直に出るところが可愛い。
この病院で働いてくれてるアン嬢は、色々と辛い目に遭ってきた子だ。
けどいまじゃそんな暗い過去なんて微塵も感じさせず、病院のアイドルになっている。
年寄りの話をよく聞いてくれるし、子供の面倒も嫌がらず見てくれる。
柔らかい物腰と控えめな笑顔と。女性らしさを体現したような子なわけだ。
なので、実はけっこうデートのお誘いが多い。
あとうちの息子や孫の嫁にならんか?というお言葉も。
「その…お誘いはいただきましたけど…。急なことだったので、お断りしてしまいました」
「なんだ勿体ない」
「だってどうすればいいかわからなくなりそうで」
「アン嬢は初心だねぇ。色男に誘われたらどうする?」
「シャ、シャンキー先生!」
真っ赤な顔で怒った振りをする姿は初々しい。
こんないい子を惚れさせるとは色男め。悪気がないあたり性質が悪い。
「とりあえず、いただきものの野菜があるので、それで何か作りますね」
「楽しみにしてまーす」
ちゃんと俺の分まで食事を用意してくれるなんて。
誰も彼もがアン嬢をお嫁さんに、と言い出すのもわかる。うんうん、素敵な子だよ。
先生手出しちゃだめですよ!なんて言われることもある。失礼な、そこまで飢えとらんわい。
可愛い娘のように思いこそすれ、性欲の対象になどするものか。
色男は嫁とかもらわなそうだよなぁ、それどころじゃないだろ。
大切に思う相手と認識してしまっているからこそ、アン嬢に手は出さない気がする。
「おおっと、タイムリー」
ちょうど考えていた人物からの着信に俺は眼鏡を押し上げた。
まさか怪我したとか言うなよ?
「はいはい、金ぶら下げてのご利用ならいつでもお待ちしてますシャンキーでーす」
『…すいません間違えました』
「ちょっちょ、そっちからかけてきたくせに切ろうとしないでよ」
この容赦のなさ、俺の古馴染みたちに似てる!
「どったん?声聞く限りじゃ元気そうだけど。あ、もしかしてやらかしたとか?だから避妊はちゃんとしとけって言ったでしょうにもー」
『お前アンの前でもそんなこと言ってたら殴るぞ』
「やれやれ色男は変なとこ紳士だな。医者にデリカシーを求めるんでないよ」
『うん、やっぱり次に会ったときは殴るな』
「ねえねえ、俺の周りってそんな反応ばっかりなのは何でだと思う?」
『お前のせいだ』
即答されちった。
こうやって雑談に付き合うあたり、急ぎの用事じゃないんだろうと思うが。
はて、いったい何の用件で電話してきたんだろうか。ジン絡み?
それだと俺は役に立たないぞ。ジンのことなぞ知らん。
『いま、ハンターサイトを覗いててふと思ったんだが』
「おー?」
『シャンキーに診察してもらった履歴、情報に上がってないんだけど』
ハンターサイトっていうのは、ライセンスを持ってる人間なら利用できる情報サイトだ。
国の電脳ネットでも個人の情報っていうのは見られるけど、ハンターサイトはより詳しい。
裏の裏まで情報を掘り出せるから、特殊な環境の人間なら重宝する。
そこにあげられてる自分の情報もチェックしてんのかー、さすがというかなんというか。
暗殺や諜報を生業にしてるわけじゃないだろうに慎重だねぇ。
そうした情報サイトでは個人の出自や学歴職歴、病歴やDNAの情報まで記載される。
病歴っていうのは意外と馬鹿にならないもんで、そのひとの弱点が浮き彫りになったりもする。
特に表の世界で堅気の仕事をしてるわけじゃない連中からすると死活問題。
色男も同じってことなんかな。俺が初めて診察してからもうけっこう経つけど。
「…情報漏洩を望まない患者へのサービス。余計だったか?」
『いや、助かる。知られて困るものでもないが、良い気分ではないから』
「あの毒を受けて生き残った稀少な症例、ってことで注目されるだろうしな」
『…あぁ、クート盗賊団の』
呑気な声で思い出してる色男は、危機感がないのか大物なのか。
ジンの知り合いやってるだけのことはあるよ、と思う。
「情報を流さない分のお金はもらってるから安心しろ」
『…それも含めてのあの診療代か』
「そゆこと」
俺の病院には正規の治療を受けられないような連中もくる。
金さえ出してくれんなら事情持ちの患者も受け付けてるからな。
で、そういった連中は表立って行動することができない何かを背負ってるのがほとんどだ。
色男も同じだろう。情報っていうのは裏の世界では貴重な取引材料になるぐらいだ。
その取扱いに気を遣うようになったのは悲しいかなジンが原因だけど。
てなわけで、事情のあるお客さんの情報はしっかりお口チャックしてますよっと。
『納得した。…これからも世話になるよ』
「毎度どうも。けど俺としては世話になってほしくねーな。あ、俺の顔を見に遊びに来てくれるなら大歓迎だぜ?アン嬢も喜ぶ」
『アンの顔は見に行くよ』
「あれ、俺は?」
こういうやり取りができるようになったあたり、色男もすっかり俺のお得意さんだな。
いつの間にやら仲間と呼べるような存在ができて、病院も賑やかになって。
可愛いナースさんもできたし、俺を必要としてくれる患者たちもいる。
これが満たされてるってことなんかな、と通話を終えた電話を下ろした。
「でもやっぱ避妊はするべきだと思うんだよ」
『シャンキー、仕事の邪魔だから切っていい?』
「さっきユリエフくんにも切られたから、もうちょっとだけ付き合ってクダサイ」
店長シリーズになってしまってすいません orz
[2013年 12月 28日]