第183話

「というわけで俺は仕事に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
「いつ戻るんだよ?」

いよいよバッテラ氏から仕事の要請が入り、俺はゴンたちとは別行動をとることに。
あと一週間ほどで九月になるという頃。いよいよ物語の山場がやって来る。
くじら島でやり取りをした後、クラピカとは連絡をとっていない。
もうネオンの護衛になってヨークシンに向かう準備に入ってる頃だろうか。

「戻る時期はわからないな…。九月一日に間に合わない可能性もある」
「はあ?全員で集まろうって決めてたのに」
「仕事じゃしょうがないよね。が帰ってくるまで、クラピカとレオリオには待っててもらおうよ」

そう和やかに全部いけばいいんだけどな。
ものすごい勢いで睨みつけてくるキルアと、笑顔で手を振るゴンたちに見送られて。
俺は通い慣れてしまったバッテラの邸……というより城に向かった。






依頼内容は変わらずツェズゲラとの伝言役。
ヨークシンで行われるオークションに今年はグリードアイランドが複数出品される。
それらの品をゲットしたら、プレイヤーを募るための選考会が行われる予定だ。
だからツェズゲラにはそれまでに現実世界に戻ってきてもらわないといけない。

基本的にグリードアイランドと現実世界は同じ時間の流れだから、俺がわざわざ出向かなくても日付さえわかってればツェズゲラたちは帰ってくると思うんだけど。万が一、日付もわからないようなミッションに挑戦していたらわからない。
念には念を、ということなのだろう。バッテラ氏の本気を感じる。
…恋人を回復させたいんだったっけ?きっとバッテラという男はとても純粋な人間なんだろう。

「お疲れ様です」

すっかり顔パスになってしまって、俺はさっさと邸内へ。
門から建物までの道のりをのんびり歩きながら、携帯を取り出した。
ゲームの中に入れば携帯は使えない。外部との連絡は全て絶たれる。

だからこそ、いましかないと思った。

出るかどうか確証はなく、留守電にでも繋がってくれればいいなと思ったのだが。
呼び出し音は存外早く途切れ、何度か聞いたことのある声が響いた。

『どうした?お前から連絡してくるなんて珍しいじゃないか』
「…伝えておきたいことがあったんだ」
『なんだ?普段は着拒してる男に伝えたいことなんて』

面白がるような声はクロロのもの。
俺はクロロやヒソカの番号は着拒してる。だって怖いじゃん、呪われそうじゃん。
着拒しようとも電話が繋がるときは繋がるし、シャルを介して伝言がくることもある。
俺がどんだけ拒否しようともあの連中はさして気にしてもいないみたいだった。
…その調子で俺という存在のことも忘れてくれればいいのに、と思う。

「予言、かな」
『予言?ほう、お前いつ運び屋から占い師になった』
「占いというより…知ってるだけだ」

ここで未来について語るのはルール違反かもしれない。
本当に未来を変えたいのなら、こんな言葉だけじゃなくて俺自身が動かないといけないのかも。
それでも俺にいまできるのはこんなことぐらい。何ひとつ未来は変わらないかもしれない。
だけど言わないでいることもできなかった。小石でも落とせば波紋は広がっていくかもしれない。

全て他力本願な逃げだ。
俺には勇気なんてないし、自分が死ぬのも嫌だ。
…かといって、知っている人間が死ぬのも見たくない小心者。

「九月一日。お前がやろうとしていることは取りやめた方がいい」
『………なんのことだ?』
「蜘蛛がやることに口を出すつもりはない。だけど、今回はやめておけ。誰かを失うぞ」
『何を知っている?』
「俺が知ってるのは、このままいくとお前たちの誰かが欠けるってことぐらいだ」

マフィアの警備がどうなっているかとか、オークションの状況などについては全く知らない。
俺が知っていることは、このオークションから始まる騒動で沢山の命が失われるということ。
大半は名前も知らない人間たちだけれど、俺の知っているヤツらも死ぬ。

『…忠告には感謝するが、久しぶりの大仕事なんでな。今更変えるつもりはない』
「……だと思った」
『お前が何を知っているのか、ぜひ吐いてもらおうか』
「残念ながら、俺はこれから仕事なんだ。お前たちには捕まえられないよ」

さすがにすぐさまグリードアイランドまで追いかけてはこられないだろう。
そう思ったから、こうして連絡する気になったんだ。

「………クロロ」
『何だ』
「本当に、手を引いてくれ。俺はお前たちの誰にも欠けてほしくない」

クロロの返事を待たずに俺は通話を切って電源も落とす。
それを鞄に放り込むとグリードアイランドに入るためにゲーム機が並ぶ部屋へと走った。

警備員たちが挨拶してくる声もスルーしてすぐさまゲームの世界へ。
この短時間にもクロロが追いかけてきたら困る!多分大丈夫だと思うけど!!
視界が真っ白に染まりバーチャルな景色が流れいつもの入口へと辿り着く。
笑顔で迎えてくれるイータに俺は少しぎこちない笑顔を向けた。






シソの木から出るといつも通りチビが突撃してきた。
そしてツェズゲラたちとも無事に合流することができて、現実世界に戻る日取りを相談する。
全員が戻ってしまうとカードのデータが消えてしまうから、普段は誰かしらが残るのだが。
今回はゲームクリアに向けての最終段階ということで、一度全員が帰還するのだという。

「お前はどうする?戻るか?」
「……少し迷ってる」

連絡係としての仕事はこれで終わりだから、さっさと帰ってしまってもいいんだけど。
クロロにあんなこと言った後だから少しほとぼりが冷めるのを待ちたい気もする。
ツェズゲラが戻るのは一週間ほど後。つまりは九月に入ってからだ。
集めたカードのデータが保存されているのは十日間だけ。
それ以内に戻らないとデータは消滅してしまう。選考会は九月十日の予定だから、ギリギリだ。

「お前がここに残るというなら、カードを預けていきたい」
「………それは責任重大すぎて勘弁してほしい」

隠れ家不動産に引き籠ってれば安全だろうけど。でもやだ。

「まだ一週間ある。答えは当日聞かせてくれればいい」
「わかった。チビ、行くぞ」
「クプ!」

頭に飛び乗ってきたチビと共に、俺は久しぶりの隠れ家へ。
ゲームの世界だからだろうか、数か月ぶりでも部屋は汚れてはいない。
…念で造られてるからなのかな。ありがたいんだけど落ち着かない。
ゲーム世界といっても現実の世界にある島だ。全てが架空のものってわけじゃない。

こんなファンタジーな状況を生み出してしまう念っていうのは本当にすごい。
島ひとつをゲームの世界にしてしまう、っていうジンたちの発想もヤバイ。

………俺にもそんなぶっ飛んだ発想があれば、旅団とクラピカの戦いを止められたんだろうか。

「止めたいなら、さっさと戻ってクロロたちを説得しろって話だよな…」

それができない自分の弱さが情けない。
でも、これから起こるのはマフィアの世界での戦いで、幻影旅団が絡んでて。
念を覚えたとはいえ、平和な日本で生きてきた若造に何ができるっていうんだ。

俺はヒーローなんかじゃない。ゴンたちみたいに覚悟があるわけでもない。
ただ怖いと膝を抱えているだけの駄目な大人だ。

「………?」

ベッドに寝そべって鬱々としてる俺の枕元に、チビがよちよちと近づいてくる。
ぴとりと鼻先に触れたのはチビの小さな手。
俺が瞼を持ち上げると、心配そうなつぶらな瞳がそこにはあった。
久しぶりに会ったのにこんなしょぼくれた姿見せてごめんな。
チビの頭を撫でようと伸ばした手が触れる瞬間、たどたどしい声が響いた。

「いたい?、いたい?」
「……はは、随分と言葉覚えたなチビ。………俺は痛くないよ」
「ない?」
「うん。俺よりも、皆の方が…もっと痛い」

だって俺は逃げてる。安全な場所で、何も見ようとせず。


「ん?」


ガブッ


「……………………」


ガブガブッ


「いや痛いよ!?」

思いっ切り鼻噛まれたんですけど!!?
しかも遠慮なく歯立てましたよねチビさん!?甘噛みとかそんなんじゃないよこれ!!?

ちょっと涙出てきた俺を見て、なぜか小さなドラゴンは満足げにフスーと鼻息を吹く。
な、なんなのチビ…いつの間にSっ子に目覚めたの…お兄さんそんな子に育てた覚えは…。
って俺が放置してたからグレたの?うわーごめんごめん!!

、いたいの!」
「……うん?」
も、いたい。ない、ウソ!」
「………チビ…?」
「いたい、がまん、ダメ」

痛くない、って言った嘘をしっかりと見抜かれてしまっていたらしい。
俺も痛みを感じてることをちゃんと自覚しろ、って怒られたみたいだ。
…グレたとか思ってごめん、すっごく良い子だった。なんて優しい子なんだろう。

「チビ、おいで」
「クプ!」

両手で抱きしめたチビに頬を寄せて目を閉じる。

…うん、俺も痛みを感じてる。
離れた場所にいる俺でこれなんだ、当事者たちはきっともっと。




チビは日々成長しているのです

[2014年 2月 2日]