第185話

「なんだ、お前もこいつらと腕相撲したのか?」
「違うだろノブナガ。思い切り名前呼んでたじゃないか。何、あんたの知り合い?」

腕相撲とはなんぞや…と頭の片隅で考えてから、ゴンの右腕が痛々しく腫れていることに気付く。
あ、そっか、ノブナガとひたすら腕相撲する羽目になってたんだっけ?血が滲んでますけど!
治してやりたい…がこいつらの前で念を使うのは緊急時以外避けたいし。
ゴンは強化系だから回復力も相当なもの、ってわけで放置する。ごめんよ!!

ノブナガはゴンを見るときやたら上機嫌で鼻歌も出てきそうだ。
反してマチは警戒の色が出てるし、フェイタンにいたっては殺気がびしばし痛い。

本当ならゴンとキルアが知り合いだっていうのは言わない方がいいんだと思う。
いずれこの二人は旅団が探してる<鎖野郎>の仲間だってことはバレる。
そうなると、ゴンたちと繋がりのある俺にまで勿論敵意は向いてくるだろう。怖すぎる。
…だからって、化け物に囲まれてる二人を前に知らんぷりなんてできるはずもない。
………名前呼ばれちゃったから、そもそもできないんだけどさ。

「俺の…弟みたいなもんかな?」
「んな!?お前、俺をいつまでも子供扱いすんなよ!」
「キルア、俺たちまだ子供だよ」
「うっせ!そういうことじゃねえっつーの!」

早く一人前として見られたい、っていう意識が強いキルアはぷんすかと怒ってる。
うんうん、わかるわかる。このぐらいのときってやたら背伸びしたくなるよなー。
むしろ自分を子供なんだとすんなり受け入れられちゃうゴンがすごいんだよ。大人すぎる。

面白ぇなこいつら、とにやにや笑うノブナガと溜め息を吐いてるマチ。
騒がしいね、と得物を取り出しかねないフェイタンにシャルが視線で落ち着かせた。
うろ覚えだけど、確かコインでゴンたちの処遇は決定済みのはず。
だからフェイタンがどんなに二人を殺したくてもできない…と思われる、うん。
フェイタンの場合は殺気だけで殺せそうだけどね!むしろ俺が真っ先に死にそう!!

とりあえず逃げるようにフェイタンから距離をとって、俺はゴンとキルアに近づく。
…よく見るとキルアも足とか怪我してんじゃん。え、これ割と抉れてね?

「………お前たちは何をしてるんだ」
「……えっと」
「び、尾行…」
「………ふーん」

こんな化け物を相手に尾行しようとか、肝が据わってるとかいうレベルじゃない。
あ、ゴンの場合はヒソカのことも試験中に尾行してたもんな。

「……

恐る恐るといった声でゴンが声をかけてきたから視線を動かす。
俺のことを見上げてる大きな瞳には、あんまり反省の色はなくいつも通りだ。
いつも通り真っ直ぐで、透き通ってて。なのに右手は怪我してて。
ちらりと隣のキルアを見ると、なぜかびくりと肩が跳ね上がった。なんだその反応は、傷つくぞ。
って、キルアの足……ほんとそれ痛そう……なんで立ってられんのお前…。

「お、怒ってる?」
「怒ってないと思うのか」
「…ダヨネ…」

まあ、怒ってるというよりは、無茶して心配かけるなよもう!って感じだけど。
この光景をミトさんに見られてみろ。ミトさん失神するかもしれないぞ!!
………フライパンと包丁持って突入してくる方がありえそうな気がするけれども。

「ごめんなさい!」
「………それは、何に対しての謝罪だ?」

知ってるぞゴン。お前、意外といい性格してるからな。
謝っとけば済むだろう的な部分があるんだよ。勿論、悪いとはちゃんと思ってる。
でも自分のしたことの何がいけなかったのか。それを本当の意味で理解していない場合がある。

……子供ってそんなもんだけどさ。
叱られて初めて自分がどんなことをしたのかわかるっていう。

俺もいまだに叱られてばっかりだけどね!みんな大人すぎる!

「えっと……無謀なことしたから…?」
「疑問形で答えるな。キルア」
「……何だよ」
「お前なら、実力差を計るぐらいできただろ」
「………」
「ゴンが猪みたいに走り出して止まらないのはわかる。だけどそれを止めるのがお前の仕事だ」
「何それマジ面倒」
「俺そこまで自分勝手じゃないよ!」
「「どの口が言うんだお前」」

思わず俺とキルアの言葉がハモり、ノブナガが笑い転げてヒソカも喉の奥で笑ってる。
毒気を抜かれた表情でマチも身体から力を抜いて、パクノダは微笑みつつケーキを食べていた。
……シズクさんはマイペースにプリン食べていらっしゃいます、はい。

「なるほど、が弟みたいって言ったのわかる気がする」
「…そうか?」
「こんなガキが良い腕してんのも、お前の教育の賜物ってことか」
「いや、もともとの才能だろう。俺は何もしてない」

で?と俺はシャルへ身体を向けた。

「この二人、お前たちはどうするつもりなんだ」
「あー…ノブナガが変なこと言い出してさ」
「スカウトするつもりだ。団長に入団候補者として引き合わせる」
「だから俺は入らないって言ってるだろ!」
「ごちゃごちゃうるせーな、死にたくなかったら黙ってろ」

ですよね、新しい団員として推薦するんですよね。
ゴンのことをノブナガはすごく気に入ってるわけだけど、なぜかキルアも面接に同席するらしい。
この二人のコンビが面白い、ってのもわかってるのかな。見る目があるのは認めてやろう。

どうするー?俺たちはノブナガの好きにさせるつもりだけど」
「好きにすればいいんじゃないか。入団を許可するか決めるのはクロロだろ」
「そんでお前の弟が入団しちまったらどうすんだ?自分は蹴っておいてよ」
「それも二人の自由。……思いっ切り拒否ってなかったか?」
「んなの関係ねえ」

本人が希望してないんじゃ意味ないと思いまーす!!
…ま、いいや。ゴンとキルアが無事脱出できることは知ってるし。

俺はくるりとちびっ子たちに振り返る。ぱちりと合う二対の目。

「じゃ、頑張れ」
「おい!」

手を挙げてエールを送ればキルアがめっちゃ般若のような顔になった。
いやいや自業自得だろお前ら。大丈夫、大丈夫、ノブナガは生かしてくれる気満々だし。
最悪の事態になっても多分ヒソカがどうにかするって。

「で、
「…何だシャル」
「ノストラードについてなんだけどさ」

そっちのこと忘れてたぁー!!!

「………一度荷物を運んだぐらいで、交流はないぞ」
「ノストラードファミリーとはね。でも、そこの占い師とは繋がりがあるんだって?」
「…いや、俺からコンタクトを取ったことは一度も」

常にネオンからは逃げる日々だったわけですが。
そういうことすらも情報として知ることができちゃうわけね…ハンターサイトかな。
ちゃんと俺が一方的に追いかけられてる、ってことも情報には載っているらしい。
シャルもそうらしいねとひとつ頷きを返した。

「そもそも何で追いかけられてんの?ノストラードの賞金首になってたこともあるらしいし」
「……その占い師が、俺をコレクションのひとつにしたいんだと」
「へー」
「…あんた、変なのに好かれるね」
「……マチ、俺とヒソカを交互に見て言うのやめてくれないか。マチだってヒソカには気に入られ」
「その口縫うよ」

はい、すみません。

「よくわからないんだが、俺の目が欲しいらしい」
「「「あぁ」」」

!?なんでみんな納得したような声出してんの!!??
どこにでもいる普通の焦げ茶の目ですけど!緋の眼みたいに宝石みたいな色してないよ!?

「じゃあさ、占い師の護衛とか見たことない?」
「護衛…?」
「この写真の中で」
「…このダルツォルネってのは、常に彼女の護衛をしてたな」
「あ、こいつは俺が殺したわ」

………さようですか。
ここにいると本当に感覚がおかしくなってきそうで頭が痛い。
他の護衛メンバーを見てみるけど、スクワラぐらいしか俺は覚えてないなぁ。
原作の記憶もだいぶ曖昧…というか、ネオンの護衛で覚えてんのなんてクラピカとセンリツと。
あ、あとバショウだっけ?そんでヴェーゼってのもいたような…?それぐらいだな覚えてるの。

シャルが手にしてるリストの中には、まだクラピカとセンリツの写真はない。
つまりは鎖野郎の顔は割れてないってことだ。

がクロロに教えた予言はさ、この占い師のじゃないの?」
「……秘密」

俺が未来に起こることを知ってるなんて、そんなことは言えない。
だからうやむやにしてこの場を立ち去ることにした。パクに記憶探られても困るし!!

「それじゃ、俺は仕事があるから」
「あ、まだお金を払ってないわね」
「別に構わない。友人のよしみだろう?」
「……それ、すごくズルイ言い方」
「ちょっとあんた、そうやって女を口説くのやめなさいよ」
「…?」
「ダメだってマチ。のこれが素だっていうのはわかってることだろ」
「……そうだった」

ちょっと皆さん、どうしてそんな残念なものを見るような目を向けるんですか。
俺もう逃げるからね!さよならするからね!

「急ぎの仕事?」
「お前たちが騒ぎを起こしたおかげで、俺の仕事に影響が出てるんだ」
「ぎゃはは、それは悪かったなぁ」
「本気で思ってないだろ。ノブナガ今度お前だけ飯抜きな」
「おい!?」
「じゃ」


不意にシャルが静かな声で名前を呼んだ。
出口に向かっていた俺は視線だけ振り返る。なんだいったい。
もうこれ以上は引きとめないでくれよ、キルアの視線も痛いんだからさ…!!

「ウボォーが、やられた」

淡々とした声。
そういえば昔、やっぱり団員が殺されたときにもシャルは取り乱す様子はなくて。

だけど、だから何も感じてないってわけじゃないんだと思う。

ウボォーが死んで、泣いたノブナガを俺は漫画で知ってる。
いまだってゴンたちを見て笑ったりしてたけど、よく見れば目許は赤い。
旅団の連中の中に流れる重たい何かも、ウボォーの死とは切り離せないはずだ。

「……そうか」

でも俺は慰めの言葉を吐くことも、ノブナガと同じように怒る権利もない。
だからただ一言そうとしか言えなくて。そんな自分が情けなくて。

歩き出した俺を、シャルも誰も引きとめなかった。




ゴンが勧誘されるくだり、すごく好きなんですが入れられなかった

[2014年 3月 21日]