「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」

緊張のためか裏返った声で直角に頭を下げた女性。挨拶の内容もおかしい。
揺れる黒髪や焦げ茶の瞳はなるほどと同じものであり、同族であると教えている。
ころころと表情が変化するところは対極であるが、恐らく育ってきた環境が違うのだろう。

目の前にいる女性は、どこからどう見ても一般人だった。





「ま、まさか文字の基礎的な勉強をクラピカさんにお願いすることになろうとは…」
「私のことをご存知でしたか」
さんから聞いてます。すごく優秀で頼りになるひとだから、と」

臆面もなくひとを褒めるところのあるの性格はよく知っている。
だから彼女の言葉も嘘ではなく事実なのだろう、とわかってむず痒い感じがした。
確かに学ぶことに関してはそれなりに自信がある。
しかし、基礎の基礎を教えるとなるとまた別問題だ。

に教わることはできなかったのですか?」
「お互いに同じ文字を共通して使えてしまうので、逆に集中できなくて…」

は故郷を失っており、目の前の彼女と巡り合えたことは奇跡的なものだという。
私がクルタ族の生き残りと再会したと同じような状況なのだろう。
そのときのの心情はいったいどんなものだったのだろう。
キルアとゴンの話では、二人ともお互いに驚きすぎて大きな反応はなかったらしい。

…私も同胞に会えたなら。実感がわかずやはり呆然とするかもしれない。
だが、きっと嬉しい。

も同じなのだろう、躊躇いなく限られた人間しか知らない家に彼女を招いた。
そして必要なものは全て揃え、ひとりで生きていくための知識を教え込んでいるらしい。
むしろよくここまで無事で生きてこられたものだ。

「そういえばは特殊な文字を使う。カンジ、だったか」
「はい。私たちの故郷では普通に使われていたもので…あ、でもこっちでも見かけますよね」
「装飾のような意味合いを兼ねているものがほとんどですが。ジャポンなどに行けばそう珍しいものではない、とは聞きます」
「ジャポンかぁ…ちょっと行ってみたいかも」
「やはり、故郷に近いからですか」

が以前教えてくれたことがある。ジャポンは自分の故郷に近いのだと。
だからどうしても心惹かれるし、思い出したように訪れたくなる国なんだと。
少しだけ寂しげに、けれど優しい眼差しで語っていた。

「私はまだジャポンに行ったことないのでわからないですけど…似てるみたいです」
や私の同期にジャポン出身の人間がいます。観光のときには声をかけてくれ、と言っていましたから案内は任せればいいでしょう」
「あ、ハンゾーさんですね?ふふ、行けたらいいな」

本当に、普通の女性だ。

甘やかしすぎる、とキルアが愚痴をこぼしていたけれど。
これだけ普通さを見せつけられてしまえばも過保護にならざるを得ないだろう。
自分たちハンターが生きる世界では、簡単に死んでしまいそうなほどに脆い。
一般人として平和な世界で生きる道しかない存在だ。

……しかし、と同郷の人間とわかってしまったいま、それは難しいだろう。
良くも悪くもの周囲には人が集まり、様々な想いを寄せられている。
そんな彼の身内、ともなれば。皆が興味を引かれずにはいられない。

「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「おかえり。………どうしたんだその荷物は」

出かけていたが帰ってきたが、なぜか紙袋をふたつも手にしている。

「ああ、これ?日本語で書かれてる本を見つけてきた」
「え!ホントですか!」

ぱっと顔を上げた同胞には頷きを返して紙袋を机に置いた。
そして取り出されたのは古びた本ばかり。いつもの古本屋が集まる町へ行っていたのだろうか。
一応私も手にとってめくってみるものの、全てを解読するには時間がかかりそうだった。
見知った文字もあるものの、それだけで文章を読み取ることはできない。

「わ、見てくださいこれ!おはぎの作り方書いてあります!」
「あぁ…これ個人のレシピ本かな。こんなのまで置いてあるとか本当に古本屋は面白い」
「おはぎ…いいな…さん作れたり」
「しない。さすがにそういうのは試したことない」
「作ってみる気は」
「ない。……むしろ君の作ったものが食べたい」
「えっ。し、失敗したらどうするんですか」
「いや、俺も初挑戦だから同じ危険があるんだけど」
「大丈夫ですさんなら!」

なぜか熱く拳を握って訴える少女に、何を根拠にとの胡乱な目が語る。
こうして自然に彼に対して甘えたりおねだりができる彼女が少々うらやま………はっ。
な、何を考えているんだ私は。甘やかされることは好いていない。
一人でも生きていけるのだとに証明しなくては、といつも思っているのに。

どちらがレシピを利用するか、という論争はひとまず休戦したらしい。
二人で今度は大きいけれどページ数が少ない本を開き、懐かしいと声を上げている。

「かちかち山!え、こんなのもあるんですね」
「これが子供向けの本とか…大人になったいまだから思うが、残酷だよな」
「…?どんな内容なんだ」

子供向け、と言っていたから恐らくはおとぎ話の類なのだろう。
あのが微妙に頬を引き攣らせているのが珍しくて、好奇心がむくりと出て来た。
なぜか目を泳がせるが話す気がないことを察したのだろう、彼女の方が口を開く。

「えーとですね、悪いことをやらかした狸を兎さんが懲らしめるお話です」
「…ふむ。王道だな」
「……いや、中身はけっこうなものだぞ。狸、ばあさんを殺した挙句にじいさんに食べさせ」
「は?」
「兎は兎でえぐいですよね。燃やした挙句に火傷にトウガラシ塗りたくるっていう」
「はあ!?」

子供向けの本と言っていたはずなのになんだその内容は!

「……童話って、残酷なもの多いよな」
「ですねー。あんまりよくわからない子供のうちだから読めるっていうか」

いや、子供でも泣いてもおかしくない内容じゃないのかそれは。
悪いことをしてはいけない、という教訓を学ぶ以前のレベルのように思われる。

「……?どうしたクラピカ」

頭痛がしてきて黙り込む私にが気遣うように声をかけてくれる。
体調が悪いわけではない、だから安心してくれ。
ただ妙に納得してしまっただけだ。

「…がそんな風に育った要因を理解しただけだ」
「………は?」

子供の頃からこんなものに触れてきたのなら、どんな状況でも冷静であれるだろう。
危機的状況であっても、惨い場面に遭遇しても、この男は常に動揺せず淡々としている。
しかし他人を傷つける行為は極力避けようともする、その矛盾。

悪行を犯さないように教える子供のための本。なのに残虐性を持った物語。
…色々とちぐはぐな人間性を持つこの男の人格形成の一端を見たように思う。

「しかし、そうなると」
「?」

ちらりとの同胞という少女へ視線を向ける。それを受けて彼女は不思議そうに首を傾げた。

彼女も本の内容を知っていたようだし、懐かしいとも言っていた。
つまりは幼い頃にやはり同じようにこの物語に触れてきたのだろう。…なのに、だ。

どうしてこうまで一般人として育つことができたのか。

もしや、彼女の知らない面はまだあって。
秘めたものがあるのではないか、とまで考えた。





童話とかおとぎ話って改めて読むと怖い
かちかち山チョイスなのは、某補佐官殿のアニメの影響です

[2014年 3月 29日]